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26話 星良の秘密


 明らかに一切の加減をしていないであろう星良の一発に、俺は間抜けそうに口を開ける事しかできないでいた。

 だがそれも数瞬の事、すぐに我に返ると星良の手を取ってこの場を離脱しようとする。


 「逃げるぞ星良!」

 

 必死に手を引く俺に対し、星良は落ち着いた口調で大丈夫だと返してきた。


 「心配させてごめんね誠也君。でもね、逃げる必要なんてないの」


 「何を言って……」


 「だってこの人……私のお父さんの組の構成員だから」


 「え……組……?」


 ちょっと待ってくれ? 今、組って言ったのか?


 星良の口から飛び出した言葉を何とか処理しようと俺の頭が回転し続ける。

 女子学生が『組』と言えば普通なら教室や学年とか、いわゆる学校を連想する。だがこの状況下に置いては完全に『組』と言うワードは〝あの職種〟を連想せざるを得なかった。


 「もしかしてだけど……星良のお父さんってヤクザの組長さん?」


 俺が恐る恐る問いを投げると、彼女はどこか悲痛な色を含んだ顔で頷いた。


 思わぬ新事実に俺はしばしフリーズする。

 確かに転校前から星良の父親に関して俺は無知だった。母さんだってママ友として交流はあったが、彼女の父親については何も知らなかったらしいし。


 驚愕の事実に放心して黙り込む俺とは裏腹に、星良は怒気を含む声で強面男に噛み付いていた。


 「組長の娘の恋愛を妨げるだけでも許しがたいのに、あなた、あろうことか誠也君に危害を加えようとしたわね?」

  

 「ま、待ってくださいお嬢! 俺はただお嬢がストーカーか何かにつけ狙われていたと思って……!」

 

 彼は平手打ちで吹き飛んだサングラスを拾いながら星良に弁明している。

 先程まで恐怖心の塊と思えた強面の男だったが、今は見る影もなく縮こまっている。

 

 色々と聞きたいことはあるが、とにかく誤解が解けたと見ていいだろう。

 憤怒に染まる恋人を宥め、事態を一度鎮静化しようとする俺だったが、ここで更に別の人間が乱入してきた。


 「まったく……とんでもねぇ早とちりしやがって」

 

 「ひっ、南条(なんじょう)さん……」


 新たに表れた男性を見て一気に血の気が引いた。

 

 そこに立っていたのは30代半ばと思われる男性だった。

 整った顔立ち、そしてすらっと長い手足。一見すればイケオジの様な出で立ちだが、その気配は明らかに強面男よりも冷たかった。


 彼はゆっくりと傍までよって来ると、星良に深々と頭を下げた。


 「すいませんお嬢。コイツが何を勘違いしたのか知りませんが大変な迷惑を」


 とても礼儀正しく星良に謝意を見せる男を無言で眺めていると、彼は俺にまで深々と頭を下げてきた。


 「あなた……お嬢の彼氏さんである大道誠也さんですね? ご不快な思いをさせて本当に申し訳ありません」


 「い、いえ……頭を上げてください……」


 自分よりも一回りも年上の大人に頭を下げられて正直対応に困る。

 そもそも俺に突っかかって来たのは後ろの強面で、彼には何もされていないのだから猶更だ。


 ふと強面の方に目をやると、彼は明らかに目の前の南条という人物に恐れを抱いていた。


 「おいテメェ……何でお嬢の彼氏さんに因縁付けやがった?」


 腹の底から這い出たような低い声に、直接言われたわけでない俺の肝がひゅんと冷える。

 それに対して隣の星良は威風堂々、まったくの平然としている。いや、それどころかこの南条さんに負けず劣らずの目で強面男を睨みつけていた。


 「お嬢に恋人ができた事は組全体で共有されて知ってよな? 事実確認もせずそれをストーカー扱いした理由、あるなら言ってみろ」


 「そ、その……。ほら、お嬢の彼氏となればもっと頼りがいのありそうな男だと思ってたんで。まさかあんなひょろっとした男が彼氏だなんて……」


 俺を見ながら半笑いでそう答えた直後だった。

 強面男の顔面に南条さんが蹴りを叩きこんだのだ。


 「ぶばっ!?」


 まるで漫画の様な悲鳴を上げてその場でひっくり返る。

 まさかの暴力現場に俺は固まってしまい何も言えなくなる。


 「このクソボケがぁ……よくもまぁそんな舐めた理由をこの場で言えたなぁ?」


 倒れ込む男の髪を掴み南条さんは男を持ち上げた。

 漢の顔面は血に染まっている。サングラスは砕け、鼻も折れたのか不自然に曲がって鼻血が溢れていた。


 まるでバイオレンス映画のような光景に言葉を失っていたが、次の言葉で俺の意識は覚醒した。


 「お嬢の彼氏さんをテメェの勝手な理想像で決めつけ、あまつさえ侮辱するたぁいい度胸だ。そこまで言うからにゃ、ケジメの1つはもう覚悟が済んでんだな?」


 「待ってください! どうか破門だけは!!」


 「ああ? 破門なんて大前提、ケジメにならねぇだろ」


 そう言いながら南条が懐から取り出したもの、それは白鞘に納まったドスだった。


 取り出されたドスを見て俺はケジメの意味を理解する。

 当然だが俺ですら分かる結末。その道の人間が理解できぬわけもない。


 「ひ、ひいい、指だけは勘弁してください!?」


 情けない男の悲鳴を上げるが、南条と呼ばれる人はその命乞いを無視する。


 「ダメだ。小指の1本は最低でも覚悟してもらう。おら、まずは組に戻るぞ」


 「い、いやだ!? 勘弁してくれぇ!!」


 恐怖のあまりに男は腰を抜かし、失禁までしていた。

 あまりにも無様な姿に南条は舌打ちをしつつも、一切の慈悲に耳を貸そうとせず組まで引きずっていこうする。 

 だがそんな彼に待ったをかける人間がこの場に居た。


 「ちょっと待ってください!!」


 「……どうして止めるんですか大道さん?」


 気が付いた時には俺は南条さんの肩を掴んで止めに入っていた。

 



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