2話 私が貰ってもいいよね?
校舎裏で鳴り続けていた双葉の罵詈雑言が止み、一緒に笑っていた友人達も口を閉じる。そして嗚咽が漏れそうだった俺も現実に引き戻され、この場の一同全員が声の方へと振り返った。
そこに立っていたのは1人の女性生徒だった。
美しい長髪の黒髪を靡かせ、宝石の様なルビー色の瞳、そしてモデル並みに整ったスタイル。その上に成績上位者の文武両道と、双葉以上のスクールカースト上位の女子がそこには立っていた。
「北條……星良……」
双葉の口からその人物の名前が語られる。
現れたのは同じクラスであり、この学校で3代美少女と呼ばれる北條星良だった。
どうしてこの場所の? まさか彼女も双葉と同じく……。
俺の中で彼女も仕掛人だったのかと疑いが湧くが、すぐにそれが邪推だと気付く。
「ねえ三日月さん。いったい何をしているのかしら?」
「はあ? べつに、クラスメイト同士でただ談笑していただけだけど?」
「今更取り繕っても遅いわ。一部始終を見ていたんだから」
今のやり取りだけで、彼女は自分を庇っている事を理解する。
それと同時、今の彼女が教室内とは別人のように思えて仕方がなかった。
教室内では誰にでも分け隔てなく優しく接する彼女、そんな慈愛に満ちた姿と、今の彼女は雰囲気が明らかに異なった。
まるで憎き敵でも見るかのような目で双葉を、そして取り巻きの女子を睨んでいた。
「これはれっきとしたいじめよ。あなたたちは恥ずべき行為をしている事を自覚しているのかしら?」
更に星良は声を低くし、圧力を増した状態で双葉たちを睨む。
その迫力に取り巻きはたじろぐが、双葉だけは堂々と睨み返していた。
「アンタも盗み見なんていい趣味してるじゃん。優等生が聞いて呆れるわ」
「そうね、幼馴染を貶して弄ぶあなたには負けるわ」
「はんっ、身の程知らずに現実をレクチャーしただけだし!」
そう言うと双葉はまた俺を見下し始める。
「あんただって本気でこんなモブに同情してる訳じゃないんでしょ? ただ自分がいい娘ちゃんだってアピールして点数稼ぎしたいだけでしょ? そんな偽善者が偉そうにすんな!」
「あなたと違って私は本気で泣いている大道君を心配しているわ。彼の幼馴染であるあなたには今の彼の心の痛みが本気で理解できないの?」
「理解なんてできないわね! 幼馴染でも私とコイツは〝生物〟として価値が違うんだから!」
生物として違う、その一言がまた俺の胸を深々と抉る。
「本当に……変わっちゃったんだね双葉ちゃん」
何やらボソッと小声で星良さんが呟いていた。
だがその声量はあまりにもか細く、何を言ったのかはこの場の誰にも聞き取れていない。
「もう十分よ。これ以上は話す意味もないみたい」
話を打ち切ると、双葉に悪意をぶつけられ、打ちひしがれている俺の方へと彼女は歩み寄って来た。
膝をついている俺の前まで来ると、取り出したハンカチで俺の涙を拭いながらこう言ったのだ。
「はい。これで涙を拭いて」
「あ…ありがとう……」
打ちのめされている自分に向けてくれる優しさに礼を言うと、何故か北條さんは頬を染めどこか嬉しそうに笑った。
だがすぐに真面目な顔つきに戻り、そして目の前の双葉にこう告げる。
「さっきの告白は罰ゲームなのよね? それなら彼は私が貰っても問題ないよね?」
「え、貰うって……」
これまで蚊帳の外になりつつあった俺はようやくまともに口を開くことができた。
彼女の言葉の真意が理解できず、俺だけでなく双葉も、取り巻きの女子達も首を傾げていた。
だが最初に硬直が解けた双葉は吹き出し、そして挑発気味にこう切り返す。
「はっ、そんな量産型のモブ人形が欲しいならお好きにどうぞ?」
「ええありがとう。それじゃあ大道君、ちょっと失礼……」
「え、なにが……あむっ!?」
「「「「!?」」」」
北條さんの顔がドアップで俺の瞳に映り込んでいた。
至近距離まで彼女は顔を近づけ、そして俺の唇を奪っていたのだ。
「ハァッ!? は、い、うああああ!?」
目の前で幼馴染にキスをする北條さんに双葉が激しく動揺し、取り巻き連中は言葉を失っていた。
だが一番混乱に立たされているのは間違いなく俺だ。いきなりクラスの、学校を代表する美少女にキスをされたのだ。混乱しない方がおかしいだろう。
「んっ……私のファーストキス、上げちゃった……」
そう言いながら瞳をトロンとさせ、北條さんは満足そうな顔をしている。
「ふっ、ふざけんな! アンタいきなり何してんだよ!?」
「あら、あなたさっき言ったじゃない。私に彼をくれるんだって」
「それとキスがどう関係してんのよ!?」
「関係大有りよ。だって、今日から私と大道君は恋人なんだもん。好きな人とキスしたらいけないの?」
何故か俺と北條さんが交際している事になっているが、いきなりファーストキスを奪われた衝撃で俺は何も言えないでいた。
「どちらにしてもあなたには関係ないこと。さっ、行こう大道君」
「え、あ?」
「あっそうだ。もう恋人だから誠也君って呼ばせてもらうね。私のことも星良って呼んでいいから」
双葉達と一方的に会話を打ち切ると、彼女をは俺の手を引き校舎裏を後にする。
去り際、北條さんは双葉たちを睨みつけながら叫ぶ。
「彼は私が幸せにするからッ!!!」
残された双葉たちはその言葉に呆気にとられ、去っていく俺と彼女の後姿を眺める事しかできないでいた。
気が付けば俺は初恋の幼馴染に失恋した直後、学園のアイドルに貰われてしまっていた。




