第五章 令和〇八年〇七月〇八日 一一時二〇分
林道に入って七キロのところで、脱輪した。
前の晩に雨が降っていた。轍のまん中が乾いて見えたので、そこを踏んだ。踏んだところが乾いていたのは表面だけだった。乾いて見えるものと、乾いているものは、違う。それを、私はもう一度覚えた。
後輪が空転して、車体が三十センチほど右に落ちた。
私は降りて、後ろを見た。左の後輪が轍の外に出て、泥に埋まっている。深さは十五センチくらいだった。四駆に入れていなかったので、入れて、前後に振ってみた。掘れた。もう一度やって、もっと掘れた。
やめた。
門司にも山はある。山はあるが、林道を十二キロ入る仕事はなかった。西の管区で私が使っていたのは市街地の駐車場で、いちばん難しいのは駐める場所を探すことだった。
携帯は圏外だった。
私は無線機を出そうとして、それが車載でなく荷台の箱に入れてあることを思い出した。箱は工具の下にあった。
そこへ、軽トラックが来た。
*
降りてきたのは三十半ばくらいの男だった。長靴を履いて、上は作業着ではなくパーカーだった。作業着でない上着で林道にいる人間を見るのは、この管区では初めてだった。
「これ、抜けます?」
「いえ」
「ですよね」
男は輪を見て、車の下を覗いて、それから軽トラの荷台からロープを出した。
「引きますか。前から」
「お願いできますか」
お願いできますか、というのは、前の管区で覚えた言い方である。頼むときにこう言うと、相手の顔が動かない。動かないのを確かめてから、次を言う。覚えた言葉なら、間違えない。
「うち、この先なんで」
男は前に回って、牽引フックを探した。私が場所を言うと、そこですね、と言って掛けた。
三十秒で抜けた。
「ありがとうございます」
「いや。ここ、みんな一回はやります」
男は笑った。みんなが何人を指すのかを、私は考えた。
「和泉といいます。奥の、いちばん手前」
「竹内です」
私は名刺を出した。内閣府大臣官房、暦象事務局、第一観測所。和泉さんは名刺を両手で受けて、しばらく読んでいた。助けられた側が名を先に名乗るのだと、あとで気づいた。
「……なんの役所ですか、これ」
「暦です」
「暦」
「暦と、天象の観測です」
和泉さんは、もう一度名刺を見た。それから、そうですか、と言った。それ以上は訊かなかった。
役所の名前を読んで、意味が分からなくて、それ以上訊かない。門司でも同じだった。二千キロ離れても同じである。
*
用件は機材の設置だった。
箱が三つある。一辺が三十センチほどの樹脂製の箱で、中に受信機と記録装置が入っている。外にアンテナを立てる。電源は太陽電池と蓄電池で、月に一度、記録を回収に来る。
設置には土地の持ち主の承諾が要る。厳密には要らない場合もあるが、要らない場合でも取る。取っておくと後で楽だからである。楽というのは、誰にとってかというと、書類を作る人間にとってである。
私は承諾書の綴りを持ってきていた。
*
いちばん奥の家に、戸倉きよさんという人がいる。
八十九だと聞いていた。玄関を開けたのは、思っていたより背筋の伸びた人だった。
「暦象事務局の竹内と申します」
「はあ」
私は用件を言った。裏の畑の隅に箱を一つ置きたい。電気は要らない。音も出ない。月に一度、私が来る。
きよさんは、私の後ろの車を見た。それから私を見た。
「置けばいいわ」
「ありがとうございます」
「判子でいいのかい」
きよさんは奥へ行って、印鑑を持ってきた。承諾書に押した。慣れた押し方だった。役所の紙をたくさん押してきた人の押し方である。
押しながら、きよさんが言った。
「あんた、うちの人のことで来たのかい」
「いえ」
私は正直に言った。
「観測です」
「そうかい」
きよさんは印鑑を仕舞った。
「それ、置いたら、なんぼか分かるようになるのかい」
私は答えを探した。探すというのは、正確に言える答えを探すという意味である。分かるようになる、とは言えない。ならない、とも言えない。分からない。
きよさんが、私の答えを待っている。待たれると、何か言わなければならない。何を言うのが正しいのか、私は決めかねた。決めかねているあいだ、きよさんは私を見ている。
箱は、この人のために置くのではない。記録は残るが、残った先を、この人は見ない。それは言わなかった。
「記録が残ります」
きよさんは、私の顔を見た。
二秒か、三秒だった。
「うちの人ね、まだ届が出せんのだわ」
「はい」
「出んのだと。人が」
「はい」
「そうすると、死んでないことになるんだと。役場の人がね、三回謝った」
私は、はい、と言った。
言ってから、これは私の管掌ではないと思った。死亡届は市町村の事務である。伺見に関係がない。関係がないので、私は次の言葉を持っていなかった。
「まあ、いいけどね」
きよさんは言った。
「置いてってちょうだい」
*
手前から二軒目に、和泉さんの家がある。
さっきの人だった。奥さんが出てきた。三十くらいで、髪をうしろで束ねていた。名刺を渡すと、和泉さんが横から、さっき助けたのこの人、と言った。
畑の隅に箱を置く話をした。奥さんは承諾書を読んだ。上から下まで、二回読んだ。きよさんは読まなかった。
「これ、なにを測るんですか」
「電波です」
「電波」
「地面と空のあいだの、電気的な状態を」
これは嘘ではない。嘘ではないが、説明にはなっていない。私はこの説明を六年使っている。六年使って、追加で質問された回数は四回である。
奥さんは、五回目だった。
「それ、今回のことと関係あるんですか」
「今回、といいますと」
「四人います」
奥さんはそう言った。
「五月から、四人」
私は黙っていた。黙っていたのは、答えを考えていたからではない。答えがなかった。
「関係があるかどうかは、まだ分かりません」
「分かったら、教えてもらえますか」
教えられない。判定は寮の内部で行われ、外部への通知は行われない。行われないというより、通知するという事務が存在しない。
存在しない事務を、存在しないと説明する事務も、存在しない。
「調査の内容は、お伝えできないことになっています」
奥さんは、そうですか、と言った。
それから、こう言った。
「うち、出たほうがいいですか」
私は奥さんを見た。
奥さんは私を見ていた。まっすぐ見ていた。この人はいま、判断のできる人間に訊いている。目の前に役所の人間が来たので、訊いている。訊く相手が他にいないからである。
まっすぐ見られている、と決めた。そう決めると、この目は縋っている目に見えた。縋られているのだと分かってから、少し遅れて、応えたいという気持ちが来た。
私は、答えを持っていなかった。
持っていないのに、この人は私を見ている。私が答えれば、この人はそのとおりにする。そう見える目だった。だから、答えなかった、のではない。答えを持っていなかった。それだけである。
「私からは、申し上げられません」
奥さんは、うなずいた。
それから、台所のほうへ行った。
和泉さんが、すみません、と言った。
私は、いえ、と言った。
*
箱を置くのに、和泉さんがついてきた。
畑の隅の、日当たりのいいところを選んだ。アンテナを立てるとき、和泉さんが竿を押さえてくれた。
「これ、何メガ帯ですか」
私は和泉さんを見た。
「無線、やられるんですか」
「八エリアで、コールもらってます」
屋根の上の長いものが何なのか、それで分かった。
「広く見ます。帯域は決めていません」
「なるほど」
和泉さんは、少し嬉しそうだった。話の通じる相手が来た、という顔をしていた。この谷でその顔をされたのは初めてだった。
それから、和泉さんが言った。
「あの、最近、変なノイズが入るんですよ」
「ノイズ」
「朝方が多いです。四時とか五時とか。ばーっと来て、二、三十分で消えます。毎日じゃないんですけど」
「いつごろからですか」
「五月……のあたま、くらいかな」
私は手帳を出した。
「日と時刻を、記録されていますか」
「いや、そこまでは」
「もし、お手数でなければ」
私は言った。
「日と、始まった時刻と、終わった時刻を、書いておいていただけませんか。分かる範囲でけっこうです」
「いいですよ」
和泉さんは即答した。
「そういうの、好きなんで」
私は礼を言って、手帳に書いた。
和泉(住民) 電波障害の申告あり
五月上旬より 早朝 二〇〜三〇分程度
記録を依頼
書いて、閉じた。
初見ではない。住民からの申告は初見にならない。気色でもない。私が見たものではないからである。
だから、これは参考である。参考は綴じられて、たぶん誰も読まない。五月上旬。奥さんの言った四人と、同じ月である。私は、それを並べて書きはしなかった。並べると、線に見える。見えるだけで、線ではない。
*
帰りは脱輪しなかった。
林道を出て、舗装に乗ったところで、私は車を停めた。
停めた理由は、あとで考えると、なかった。
今日会った人たちの顔を、私は順に思い出せる。和泉さんの笑い方も、きよさんの二秒か三秒も、奥さんのまっすぐな目も。そのとき自分が何を思ったかは、すぐには出てこない。
窓を開けた。七月の午後で、道の左手が牧草地だった。刈ったあとらしく、匂いが強かった。
そのとき、聞こえた。
羽が動く音がする。何枚もある。距離がない。
私は時計を見た。
やんだのは、十秒ばかりあとだった。
六日前は四秒だった。門司にいたころは、二秒か三秒だった。
私は数えている。
数えているということは、記録しているということである。ただし手帳には書いていない。書いていないものは、記録ではない。
消えるのを待つあいだに、それは伸びていた。待っているものと、伸びているものが、同じであるとは、辞令に書いていない。
私は窓を閉めて、車を出した。




