第三章 令和〇八年〇七月〇二日 〇九時三〇分
官庁街の端に、四階建ての庁舎がある。
一階の壁に、入居している役所の名札が縦に並んでいた。上から順に読んでいくと、七つあった。七つのうち五つは、名前を読んでも何をするところか分からない。分からないから、誰も読まない。読まれない名札を、七つ並べて掛けておく。それが、いちばん人目につかない隠し方だと、寮は知っている。
上から四番目に、うちがあった。
内閣府大臣官房 暦象事務局 第一観測所 三階
私の勤め先である。二千キロ西の門司でも、名札はやはり、いちばん目立たないところに掛かっていた。
私は三階に上がった。
エレベーターはあるが、二階から上にしか止まらない設定になっている。理由は聞いていない。門司にもそういう決まりがいくつかあった。理由を聞かない決まりというのは、どこの寮にもある。決まりだけが残って、理由は先に消える。消えても、決まりは動く。
*
三階の受付には誰もいなかった。
窓口の内側に机が四つ並んでいて、そのうち三つが空いていた。残る一つに、五十くらいの女がいた。老眼鏡を額に上げて、こちらを見た。
「竹内さん」
「はい」
「名取です。陰陽属」
名取さんは立たなかった。私は辞令の写しと、身分証と、健康診断票を出した。名取さんはそれを三つに分けて、三つとも違う場所にしまった。手が慣れていた。何十年も、こうして人を受け入れて、送り出してきた手だった。人の手が迷わないのを見ると、私の手は、揃えるものを探す。私は、膝の上で、何も持っていない指を、そろえた。
立たなかったのが、素っ気ないのか、そういう役だからなのか、はじめは分からなかった。手を見た。書類を分ける手が、迷わなかった。役の手である。立たないのは、無駄がないからだと読んだ。
最後に、薄い封筒を出した。
「これ、あなたのぶん」
封は切られていた。切ってあるということは、名取さんが読んだということだ。当たり前である。陰陽属は封をする職掌であって、封を開けない職掌ではない。開けなければ、封はできない。読んで、また封じる。読んだかどうかは、封には残らない。
中に、私の異動に関する書類が入っていた。事由の欄に、こう書いてあった。
障りの消失を待つ
それだけだった。門司で見たときと、同じ文面である。同じ一行が、二千キロ動いても、同じままそこにある。書き替える者がいないからだ。当たり前だが、私はそれを、少し見ていた。
「席は奥。窓側は当直が使うから、そっちは駄目」
「はい」
「守辰丁の当番表は、来週から入れる」
「はい」
守辰丁は、二十四時間の当直である。いちばん下の役で、いちばん多く現場の夜を見る。北寮は人が足りないので、伺見も当番に入る。門司では、入らなかった。入らなくても回る管区だった。
名取さんは老眼鏡を下ろした。話は終わったらしかった。
*
所長は苫米地といった。陰陽助である。
部屋は狭く、机の上に何も置いていなかった。何も置いていない机というのは、書類を扱わない人間の机である。読むのは属の仕事で、決めるのが助の仕事だ。苫米地さんは、決める人だった。
「門司は長かった」
「六年です」
「一層ばかりだったろう」
「はい」
はい、とだけ返した。門司で覚えた返事である。上役の言い切りには、はい、と返す。それで足りる。自分の言葉で応えると、相手の顔がどこかで動いて、どこで間違えたのかが、私には分からない。覚えた返事なら、間違えない。
苫米地さんはうなずいた。うなずいただけで、何も言わなかった。
門司では、一層ばかりだった。人に由来するものばかりだった。祀り方を間違えた、向きを変えた、壊した——祟る側に、そのつど言い分があった。言い分があるものは、聞けば済む。私はそれを六年やって、たぶん、うまいほうだった。
うまいほうだった、というのは、この北では、あまり意味を持たないらしい。それは、来る前から、なんとなく分かっていた。
「管区の図は見たか」
「まだです」
「見ておけ。あれは、見ても仕方がないが」
私は返事をしなかった。返事のいらない言い方だった。
「五月から、四件ある」
私は手帳を出した。
「その四件は、初見が済んでいる。あなたが記すぶんではない」
「はい」
私は手帳を閉じた。
済んだものは属のところに綴じてある。行けば、読める。四人が、いつ、どこで、どうなったか。私が知ろうと思えば、知れた。
私は行かなかった。
四人の名前を、聞かなかった。名前を知れば、数えられなくなる。伺見が数えるのは、件数であって、人ではない。そう教わって、六年、そうしてきた。
*
管区の図は、廊下の突き当たりに貼ってあった。
北海道の形をした紙で、そこに観測点が打ってある。点は思ったより少なかった。少ないというより、点と点のあいだが広かった。門司の管区図は、点が重なりすぎて番号が読めない箇所があった。ここは、重ならない。
右上のほうに、点のない領域がある。かなり広い。
私はそこを、しばらく見ていた。点がないというのは、観測していないという意味ではない。観測点を置いても、届かないという意味である。届かないところで何が起きても、寮は知らない。知らないことは、なかったことになる。門司には、そういう場所がなかった。門司は、どこにでも点があった。
ここには、地図の上に、白いところがある。
「竹の字」
声がした。
振り返ると、男が段ボールを二つ抱えて立っていた。四十くらいで、背が高く、作業ズボンを履いていた。寮の人間の履くものではない。
「そこ、通してくれ」
私はよけた。よけてしまってから、竹の字、と呼ばれたことに気づいた。この北で、私を呼ぶ者は、まだいないはずだった。
男は箱を廊下の端に下ろして、腰を伸ばした。
「あの」
「ん」
「なぜ、その呼び方を」
男はこちらを見た。それから、少し考える顔をした。考えているというより、質問の意味が分からない、という顔だった。
「そう聞いてる」
「誰から」
「さあ」
男は箱の中身を確かめて、また抱え上げた。
「大迫。二課」
二課、と男は言った。荒事をやる、断ちの役である。正式には破落戸という。公式の呼称を使う破落戸を、私は門司で見たことがない。使ったのは、たぶん、初対面だからだ。
「竹内です」
「知ってる」
大迫さんは行った。
私はしばらく、廊下に立っていた。門司でも、そう呼ばれていた。六年、そう呼ばれていた。二千キロ離れた場所で、会ったことのない人間が、同じ呼び方をする。
誰かが言ったのだ。人事の書類に、そんな欄はない。ないが、誰かが言った。言った人間はもう覚えていないし、聞いた人間も、誰から聞いたか覚えていない。それでも、呼び名だけが、私より先に、ここへ着いていた。
そういうものが、この組織にはいくつもある。誰が始めたか分からないまま、動きつづけているもの。決まりも、呼び名も、たぶん、私の障りも。
*
夕方、名取さんのところへ行った。
「ひとつ、伺ってよろしいですか」
「なに」
「障りの消失は、どなたが判定されますか」
名取さんは書類から目を上げなかった。上げないまま、手を止めた。止めたのは、一秒くらいだった。
「その職掌は、ない」
「はい」
「昔はあったのかもしれない。今はない」
「はい」
名取さんは書類に戻った。私は自分の席に戻った。
その職掌は、ない、という言い方を、私は書き留めるように覚えた。名取さんの手が一秒止まって、それから戻った。止まったことのほうを、私は先に覚えている。
消える日を、誰も見ない。見る役が、ない。それなら、私はいつまで、障りのある伺見なのだろう。たぶん、ずっとだ。訊いてしまえば、それが分かる。分かったところで、どうなるものでもない。門司で辞令を見たときに、覚えておくことにしたのは、これだった。
窓の外は、まだ明るかった。七月の札幌は、門司より日が長い。長いというのは、たぶん、緯度の問題である。
そのとき、聞こえた。
耳の奥のほうで、羽が動く音がする。一枚ではない。何枚もある。近くもなく、遠くもない。距離のないところで、鳴っている。
三秒か、四秒だった。
やんだ。
私は手帳を開いて、日付と時刻を書きかけて、やめた。
書く欄がない、と思った。
思ってから、そうではないと分かった。欄はある。初見の書式は決まっている。時刻を書き、地を書き、気色を書き、由来は書かない。私は六年、それを書いてきた。書ける。
書けるが、これを書くと、これは事案になる。
事案になれば、初見があり、気色があり、処置がつく。私が、誰かに処置される側になる。
私は手帳を閉じた。




