第二章 九十一歳
四時二十分に目が覚めた。目覚まし時計は使っていない。六十年ばかり使っていない。
戸倉勇は布団の中で二度ばかり指を握って開いた。左の中指が朝はいつも曲がりにくい。曲がらないわけではないので医者には行っていない。行けと言われてはいる。去年、玄関先で一度転んだときも、言われた。行けば、たぶん、いろいろ言われる。言われたところで、どうなるものでもない。九十一である。
起きて、ストーブに火を入れた。五月といっても朝はまだ二度か三度で、日によっては霜が降りる。窓の内側が白く曇っていた。手のひらでこすると、外はもう明るかった。この時期は四時半前に日が出る。
台所でやかんをかけ、ラジオをつけた。
雑音がひどかった。
勇は箱の横を平手で二度叩いた。昔はそれで直った。今は直らない。周波数のつまみを少し戻すと、アナウンサーの声が浮かんできて、また沈んだ。天気の話をしているらしかった。
「今日はだめだな」
勇は独り言のつもりで言ったが、奥の間から返事があった。
「なにが」
「ラジオ」
「またかい」
きよが起きてきた。八十九になる。腰は曲がっているが、勇より足は達者だった。冬に一度も転んでいない。勇は去年、玄関先で一度転んでいる。その話は、きよは一度もしない。しないことで、覚えているのが分かる。
きよはやかんを見て、火を弱めた。勇はいつも強くしすぎる。六十七年、同じことを言われている。言われつづけて、直らない。直らないものを、きよも直せと言わなくなった。それでも、火は弱める。
「回覧板」
きよが言った。
卓袱台の端に、青いビニールの表紙のやつが置いてあった。町内会という言葉はもうこの集落では使わない。五軒しかない。五軒を回って、最後の家がまとめて役場に返す。
「あとで持ってく」
「あとでっていつだい」
「あとでだ」
勇は湯を注いだ。きよは何か言いかけてやめた。やめたのが分かった。六十七年いっしょにいると、言いかけてやめたのも聞こえる。
「アイヌネギ、見てくる」
「まだ早いんでないの」
「早くない」
きよは味噌汁の鍋を火にかけた。
「昨日、圭一から電話あったよ」
「なんて」
「べつに。いつもの」
勇は湯呑みを持ったまま、うなずいた。いつもの、というのが何のことか勇は知っている。町へ出てこいという話である。圭一の家は旭川で、部屋はある、風呂も新しい、病院も近い、と圭一は言う。言うことは、正しい。正しいから、勇は返事をしない。ここを出れば、この道に砂利を入れる者がいなくなる。山を見にいく者もいなくなる。それは圭一の勘定には入っていない。入れろとも思わない。知らないものは、勘定に入れられない。
知っているから訊かない。きよも、それ以上は言わなかった。
*
飯を食って、外に出た。
空気がまだ冷たかった。息は白くならないが、鼻の奥が痛い。この痛みが消えるのが六月で、また戻ってくるのが九月だ。
庭の隅に、去年の秋に積んだ薪がまだ半分残っていた。今年は雪が少なかった。少ないと春が早い。早いと山菜も早い。理屈はそうなのだが、今年は行者にんにくの出が遅かった。四月の終わりに一度冷え込んだせいだろうと勇は思っていた。
道に出た。
舗装は集会所のところで終わっている。終わったところから先は砂利で、雨が降るたびに削れて、削れたところに勇が砂利を入れる。ここ十年ばかり、入れているのは勇だけだった。役場は来ない。来ないというより、この道は市道ではない。市道でない道は、地図には載るが、誰の持ち物でもない。誰の持ち物でもないものは、誰も直さない。勇が直すのは、勇がここを通るからだ。それだけの理由である。
右手の斜面に、基礎だけが残っている。
三上さんの家だった。昭和五十四年に出た。息子が旭川で嫁をもらって、親もそっちへ行った。それきりだ。
その隣が笹木さん。平成のはじめに出た。
そのまた隣が、名前の出てこない家。出てこないというのは正確ではなくて、家の名前は覚えているのだが、その家の誰が最後に出たかを覚えていない。覚えていないことを勇は近ごろよく考える。覚えているうちは、その家はまだこの集落にある。覚えていない家は、もうない。
勇が覚えているあいだだけ、その家はある。勇が死ねば、三上さんの家も、笹木さんの家も、いっしょに消える。基礎は残る。だが、基礎が誰の家だったかは、消える。それは、たぶん、もうすぐのことだった。
勇が子どものころ、この集落には三十軒あった。学校もあった。分校で、二部屋しかなかったが、あった。
いまは五軒だ。
いちばん奥が勇ときよ。手前から順に、竹田さん、宮下さん、それから元校長の坂野さん。それと、去年だったかおととしだったか、越してきた若い夫婦。名前は覚えている。旦那のほうがときどき屋根の上に長い棒を立てていて、あれは何かと訊いたら、無線だと言われた。無線というのは船が使うものだと勇は思っていたが、そうでもないらしい。
その若い旦那は勇に丁寧だった。丁寧すぎるくらいだった。ここの人間は、そんなに丁寧ではない。丁寧なのは、まだここの人間になっていないからだ。何年か住めば、抜ける。抜けないうちに出ていく者も、いる。勇は、その夫婦がどちらになるか、まだ決めていなかった。
*
勇は長靴を履いていた。腰に鎌を挿し、背中に袋を背負い、袋の紐に鈴をつけた。
鈴は鳴らしたほうがいい。これは五十年前から変わらない。向こうが先にこっちに気づけば、向こうが逃げる。気づかないで鉢合わせるのがいちばん悪い。若いころ、鉢合わせたことが三度ある。三度とも、向こうが走って逃げた。
勇は熊を怖いと思ったことがない。怖いと思ったことがないというのは、なめているという意味ではない。なめている人間はもう死んでいる。勇は九十一年生きている。生きているというのは、怖がるべきものを正しく怖がってきた、ということだ。熊は、正しく怖がれば、たいてい会わずに済む。
集会所の掲示板に、市の紙が貼ってあった。ヒグマの出没に注意してくださいという紙で、四月の終わりに貼られたものだった。毎年貼られる。貼られない年はない。
勇はそれを見て、いつもどおりだと思った。
*
林道に入る。
入って十分ほどのところで、右の沢に降りる。降りたところの斜面が、この集落でいちばん早く雪の消える場所だった。南に向いていて、上に木がない。だから早い。
行者にんにくは雪が消えたところから出る。だから毎年、まずここを見る。六十年、まずここを見ている。
勇は沢に降りて、斜面を見上げた。
出ていた。
思ったより出ていた。四月の冷え込みは関係なかったらしい。
勇はしゃがんだ。葉が二枚出ているものだけを選んで、地面から五センチばかり上のところで刈る。一枚しか出ていないのは残す。根まで抜けば来年は出ない。これも五十年前から変わらない。五十年、同じ場所で、同じように刈っている。刈り方を教えた人間は、とうに死んでいる。教わったとおりにやっているのが自分だけになって、もう長い。
二十分ばかりで袋の底が埋まった。
勇は腰を伸ばして、沢の向こう側を見た。
北向きの斜面である。日が当たらない。だから毎年、こちらは十日ほど遅れる。遅れるどころか、六月まで残っていることもある。
その北向きの斜面に、出ていた。
勇は目を細めた。眼鏡は持ってきていない。持ってきていないが、緑は分かる。この時期のあの緑は行者にんにく以外にない。
六十年、あちらが先に出たことはない。
勇はしばらくそれを見ていた。
変な年だ、と思った。雪が少なかったからだろうか。少なかったが、あの斜面は少なくても日が当たらない。日が当たらないものが先に出るというのは、理屈が合わない。
合わないが、出ている。
勇は理屈の合わないものを、これまでもいくつか見てきた。たいていは、あとで理屈がついた。ついたときには、忘れていることが多かった。忘れる前に、誰かに言っておけばいいのだが、山のことを話す相手が、もういない。
きよに言おう、と勇は思った。きよは山のことを知らない。知らないから、そんなもんかい、で終わるだろう。六十七年、たいていそれで終わっている。それでも言おうと思った。言わないと、誰も知らないことになる。見た者が言わなければ、それは、起きなかったことになる。
勇は袋を背負い直して、沢を渡ることにした。
渡って、あちらの斜面に上がる。上がって、少し見て、戻る。昼までには帰れる。
帰ったら回覧板を持って行こう、と思った。




