第一章 令和〇八年〇六月三〇日 一四時〇〇分
六月二十四日
祠の件が終わった。
私は伺見である。
土地や人に、ふつうでない気配が立つことがある。私の勤め先では、それを気色と呼ぶ。伺見の仕事は、その気色を視ることだ。いつ、どこで、何を視たか。それだけを書く。書いたものを密奏という様式にまとめ、封をして、上へ回す。視て、記す。そこで私の手は離れる。あとをどうするかを決めるのは、私ではない。決めない、というのが伺見の職掌である。
勤め先は、職員のあいだでは「寮」で通る。正式には暦象事務局という。暦を調べる役所、ということになっている。なっている、というだけである。
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祠の件は、三月に区画整理で動かされた、小さな祠だった。動かしたあと、その区画の家で、立て続けに三件あった。三件とも軽い。骨も折れていない。それでも三件続けば、人は気づく。気づいて、市役所に言い、市役所が県に言い、県から寮へ回ってきた。
私が初見を——最初にその気色を視て記録することを、寮では初見という——記したのが、四月の八日である。
有働さんが入ったのが五月で、六月の頭までに三度通った。氏子の名簿が残っていたので、そこから当たった。祠を動かす前、それがどちらを向いていたかを覚えている人が、一人だけいた。八十を超えた女の人だった。
あとは早かった。向きを戻して、祀り直して、それで済んだ。
済む、というのは、こういうことだ。相手に言い分があるなら、聞けばいい。祠は、動かされたことに、まだ筋の通った言い分を持っていた。だから、聞けた。聞けるうちは、たいてい済む。
寮の処置は、四つある。鎮め、封じ、断ち、そして記す。
相手に言い分があり、聞いて済むものを、一層という。言い分は通じないが、確かに在って、封じるか断つかできるものを、二層。そのどれも効かないものを、三層という。三層には、手立てがない。だから、ただ記す。視て、書いて、そのままにする。
門司で、私は三層を記したことがない。祠は、いちばん軽い、一層だった。
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祠の最終の密奏は、筒井さんが封をした。封をするのは陰陽属の役で、伺見の私ではない。私は初見を記した人間なので、封の前に一度、回ってきた。
一、処置 鎮 封 断 記
鎮
処置の欄の、鎮に丸が打ってある。
六年やって、私が回した密奏で、鎮に丸のついたものが、たぶん八割を超える。残りは封だ。断はない。記もない。
門司は、そういう管区だった。
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午後、廊下で黒木さんに会った。
「竹の字」
「はい」
「祠、終わったって」
「はい」
「早いな」
「有働さんが早かったので」
黒木さんは笑った。二課の人間は、笑い方が大きい。二課は、寮の外から来る。荒事をやる人たちで、断つのが仕事だ。破落戸、と正式には言うらしい。誰も言わないが。寮の人間は、あまり笑わない。笑わないというより、笑う速度が遅い。
「俺、今回なんもしとらん」
「はい」
「はい、じゃないだろ」
はい、と返したのは、そう返しておけば間違いが少ないからである。自分の言葉で受けると、相手の顔がわずかに動くことがある。動いたとき、どこで外したのかが、私には分からない。覚えた返しなら、外さない。
黒木さんはそう言って、廊下の先へ行った。
二課が呼ばれない案件が続くのは、いいことだ。呼ばれるというのは、鎮めが効かなかった、ということである。断つしかなくなった、ということである。門司では、あまり呼ばれない。
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六月二十七日
引き継ぎをした。
といっても、伺見に引き継ぐものは、あまりない。初見は、記した時点で終わっている。私が視たものは、もう密奏になって、上へ行った。手元には残らない。継続している件が二つあったが、どちらも記録は綴じてある。次に来る伺見が読めば、済む。
午前中に、手帳を出した。
伺見の手帳は、寮の備品である。現場で視たものを、その場で書きつける。あとで密奏に起こすための、下書きのようなものだ。使い終われば、封をして、書庫に納める。門司で使った分は、門司の書庫に入る。私が持って出るものではない。
六年分あった。全部で十九冊。日付順に並べて、通し番号を確認して、筒井さんのところへ持っていった。
「十九」
「はい」
筒井さんは冊数を数えて、表に書き込んだ。それから紐で括って、封をした。
数える手が、慣れていた。慣れているのだから、これはただの手続きだ、と決めた。そう決めると、筒井さんが冊数を読み上げないのも、丁寧に思えた。
これで、あれは私のものではなくなる。もともと、私のものではない。
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十九冊のうちに、去年の、十月二十一日の一冊がある。
「あの」
「なに」
「十月二十一日のぶんは」
筒井さんは、括った束を持ち上げた。
「封したから」
「はい」
それだけだった。
封したものは、開けない。開ければ、封ではない。私は六年、それを見てきたので、そのとおりだと思う。思うのだが、少しのあいだ、束を見ていた。
*
午後、辞令の写しが来た。
異動先、第一観測所。着任、七月二日。北海道である。
事由の欄に、一行あった。
障りの消失を待つ
障り、という。術や、強い気色に近づいた者が、身のうちに負うものを、寮ではそう呼ぶ。私にも、ある。去年の、十月二十一日から。
障りのある伺見を、障りのない管区へ動かす。消えるまで、そこに置く。辞令は、そう言っている。理屈は、通っている。
私は筒井さんに聞いた。
「これは、どなたの決裁でしょうか」
「決裁は下りてる」
「はい。どなたの」
筒井さんは書類を見た。それから、もう一枚めくった。
「下りてる」
「はい」
筒井さんは、私を見なかった。意地悪ではない。書いていないものは、読めない。読めないものは、言えない。それが、陰陽属の職掌だ。
辞令には、発令者の欄がある。欄はある。印もある。ただ、名前がない。頭の印である。頭の印を、頭が押すとは限らない。
誰かが起案し、誰かが回し、誰かが判を押した。三人とも、たぶん、そんなに考えていない。考える必要のある案件ではないからだ。障りのある伺見を、障りのない管区へ動かす。それだけのことである。
ただ、一つ、書いていないことがあった。
消えるまで、と辞令は言う。では、消えたと、誰が決めるのか。障りの消失を、判定する。その職掌が、どこにあるのか。それは、書いていなかった。
書いていないことは、私も書かない。それが、伺見だ。
だから、書かずに、覚えておくことにした。
*
六月三十日 一四時〇〇分
辞令の交付は、一四時ちょうどだった。
所長室に入って、受け取って、出た。三分もかからない。所長は、体に気をつけるように、と言った。私は、はい、と言った。それだけの部屋だった。
外に出ると、暑かった。
六月末の門司は、もう夏である。関門の海が光っていて、海峡の向こうに下関が見えた。六年、この景色を見てきた。明日からは、見ない。
名残惜しい、というのとは、少し違う。見てきたものを、もう見ない。ただ、それだけのことなのに、しばらく、立っていた。
*
荷物は、先に送ってある。段ボールで四つだった。六年住んで四つは、少ないほうだと思う。思うが、比べたことがないので、分からない。
港の手前で、黒木さんが立っていた。
立っていた、というより、車に寄りかかって煙草を吸っていた。二課の車である。私を待っていたのかどうかは、分からない。分からないが、通り道ではない。
「竹の字」
「はい」
「北か」
「はい」
黒木さんは、煙を吐いた。
「向こうは、断が多いぞ」
「聞いています」
「聞いてるだけだろ」
「はい」
黒木さんは、うなずいた。私が正直に答えたので、それ以上は言わなかった。
断が多い、というのは、鎮めが効かない土地だ、ということだ。相手に、言い分がない。聞いても、済まない。門司とは違う。黒木さんは、それを知っていて、言った。
しばらく、黙っていた。海峡を、船が通った。
それから、黒木さんが言った。
「聞こえるのか」
私は、黒木さんを見た。この人がなぜそれを訊いたのかを、少し遅れて考える。
二週間、誰にも訊かれなかったことだった。所長にも、筒井さんにも、有働さんにも。訊く必要のあることではない。障りの有無は、書類に書いてある。書いてあれば、処理は決まる。何が聞こえるかは、処理に関係がない。だから、誰も訊かない。
黒木さんは、訊いた。二課だからかもしれない。書類の外のことを、この人は訊く。
「はい」
「どんな」
「羽です」
黒木さんは、少しのあいだ、考える顔をした。
「鳥か」
「分かりません」
「そうか」
それで、終わりだった。黒木さんは煙草を消して、車に乗った。窓を開けて、片手を上げた。私も、頭を下げた。
車は、行った。
*
その晩、船に乗った。
飛行機のほうが早い。だが、荷物と自分を一緒に動かす都合で、こうなった。甲板に出ると、門司の灯りが、後ろへ流れていった。
風があった。
風の音のなかに、あるかどうかを、私は確かめていた。
なかった。
なかったのだが、確かめている自分に気づいて、私は手すりから手を離した。
風の音を確かめる前に、私は手をこう置いていた。確かめようと思う前に、手のほうが動いていた。
いつからだろう、と思った。
去年の十月二十一日から、ではない。あのときは、まだ、聞こえたら書けばいい、と思っていた。聞こえたものを書けば、処理が始まる。処理が始まれば、いつか終わる。そう思っていた。
いまは、違う。
聞こえるかどうかを、先に、確かめている。
私は、待つようになっていた。
消えるのを、待っている。消えたと、誰が決めるのかは、辞令に、書いていない。




