第十三章 二人
圭一が来たのは、八月三日の午前だった。
電話は前の晩にあった。行くから、とだけ言った。何時に、とは言わなかった。昔からそうである。用件だけ言って、あとは切る。勇にそっくりだと、きよは前から思っている。似ていると言うと、圭一はいやがる。いやがるところも似ている。
きよは八時に起きて、掃いた。掃くほどのものはない。二人で暮らしていたころから、掃くほどのものはなかった。それでも、来る前には掃いた。掃いておかないと、来た者に、荒れていると思われる。荒れていると思われると、次に言われることが、決まっている。
*
車の音がしたのは、十時過ぎだった。
圭一は六十四になる。旭川で働いて、去年で定年になった。いまは週に三日、同じ会社に出ている。三日でいい、と本人は言うが、三日だから来られる、というのが本当のところだろうと、きよは思っている。毎日勤めていたころは、盆と正月しか来なかった。
上がって、仏壇に手を合わせた。位牌は、勇のはない。
位牌を作れないからである。
人が出ていないので、届が出せない。届が出せないので、戸籍が動かない。動かないので、法要ができない。寺には話してあるが、寺のほうでも、それはねえ、と言うだけである。
圭一は、そのことを言わなかった。言わずに、線香だけ立てた。位牌のないところへ手を合わせるのが、この子には辛いのだろうと、きよは背中を見て思った。辛いなら、しなくていい。そう言おうかと思って、言わなかった。言えば、では母さんも来い、という話に戻る。
*
茶を出した。
「母さん」
「うん」
「来てくれ」
きよは、湯呑みを持った。
言われるのは初めてではない。三年前からである。三年前は、そろそろどうだ、という言い方だった。去年は、考えてくれ、だった。今日は、来てくれ、である。
言い方が短くなっていく。短くなるのは、圭一のほうが追い詰められているからだと、きよには分かる。追い詰めているのは、きよである。それも分かっている。分かっていて、動かない。
「冬、道が開かないぞ」
「うん」
「宮下さんがやってたんだろう。市の分は集会所までだ。その先は誰も来ない」
「そうだね」
「救急車も来ない。ここで倒れたら、誰も来ない」
「うん」
「それは、分かってるのか」
「分かってるよ」
圭一は、湯呑みを置いた。
「じゃあ、なんで」
きよは、しばらく考えた。
考えたが、出てこなかった。出てこないのではなく、言えば圭一に分かるように言うことができない、ということだった。分かるように言えないものを、きよは言わない。それも、勇に似た。
「なんでって、言われてもね」
*
圭一は正しかった。
きよにも分かっている。ひとつずつ、全部正しい。
竹田さんが乗せてくれていたのが、六月まで。坂野さんが紙を書いてくれていたのが、六月まで。宮下さんが道を開けてくれるはずだったのが、この冬から、来ない。
和泉さんの奥さんは車に乗るが、あの人にそこまで頼めない。頼めないというより、頼むと、あの人がここに縛られる。
スーパーは町に一軒で、二十四キロある。
病院は同じ町で、月に一度、血圧の薬をもらう。
全部、圭一の言うとおりである。
言うとおりなのだが、行かない。
圭一は、一つずつ数えて、一つずつ潰していく。数えられるものは、圭一が正しい。数えられないものが一つあって、それが、動けない理由になっている。きよはその一つを、圭一に見せることができない。見せられないものは、無いのと同じである。無いものを理由にして動かない母を、圭一は、ただ強情だと思うだろう。思わせておくよりない。
*
「あの家、どうすんだ」
「そのままだよ」
「そのままって」
「そのままだわ」
圭一は、天井を見た。
この家は、勇の父親が建てたものを、勇が二度直した。屋根は平成の終わりに葺き替えた。まだ持つ。持つが、持たせる人間がいない。
「父さんのこと、あるからか」
きよは、湯呑みを見ていた。
「山にいるからか」
「そういうんでないわ」
きよは言った。
そういうことではない、と自分でも思う。勇が帰ってくるとは思っていない。九十一の人間が、三か月山にいて、帰ってくるわけがない。そんなことは、五月のうちに分かった。
あの朝、勇は行者にんにくを見てくると言って出た。まだ早いんでないの、と言ったら、早くない、と言った。それが最後だった。何を言い残したわけでもない。回覧板をあとで持っていくと言って、持っていかなかった。それだけのことである。それだけのことが、片づかない。
ただ、ここを空けると、そこで終わる。
何が終わるのかを、きよはうまく言えない。言えないので、言わない。勇が帰る場所が無くなる、というのとも、少し違う。帰らないことは分かっている。分かっているのに、帰る場所だけは、置いておきたい。理屈にならない。理屈にならないから、圭一には言わない。
*
圭一は一時間半いて、帰った。
帰り際に、玄関で靴を履きながら、言った。
「また来る」
「うん」
「秋には、もう一回言うから」
「うん」
きよは、そう言った。
秋にも同じことを言うのだろう、と思った。同じことを言われて、同じように断るのだろう。それを何回やれるかは、分からない。
圭一は悪い息子ではない。むしろ、よくやっている。悪い息子なら、来ない。来て、正しいことを言って、断られて、また来る。そういう子である。正しさで母を動かそうとして、正しさでは動かないものにぶつかって、それでも正しさを引っ込めない。引っ込めたら、圭一のほうが崩れる。だから、断りつづけるのは、こちらの役だと、きよは思っている。
*
午後に、回覧板が来た。
和泉さんの奥さんが持ってきた。
新しいものである。八月の分で、市の広報と、健診の案内と、防災訓練の紙が挟んである。防災訓練は九月で、集合場所は集会所になっている。
「五月のは」
奥さんが言った。
「戻ってこないですね」
「そうだね」
五月の回覧板は、宮下さんが持っていった。持っていって、そのままである。
警察が家を見たときも、車を見たときも、出てこなかったらしい。出てこないというより、誰も探していない。青いビニールの表紙のものを、誰も探さない。
「どうしましょう」
「どうもしないわ」
きよは言った。
「うちで止まってたんだから、うちの落ち度だわ」
奥さんは、そんな、と言った。
きよは、新しいほうを受け取って、判を押した。
押しながら、この判は次にどこへ回るのだろうと思った。
五軒あったのが、二軒である。
二軒で回して、二軒目が役場に返す。二軒目というのは、和泉さんである。
順番でいうと、いちばん最後に返すのは、いつも奥の家だった。奥の家というのは、うちである。
いまは、うちが最初で、和泉さんが最後になった。
誰もそう決めていない。減ったので、そうなった。減ると、順番が変わる。変わっても、誰も気づかない。気づく人間が、減ったからである。
*
坂野さんの紙は、七月に来た。
町から甥という人が来て、家を片づけて、いらないものを処分した。処分するときに、これはどうしましょう、と持ってきたのが、二穴のファイルである。
厚さが五センチある。
中を少し見た。字が細かい。きよの目では、もう読めない。眼鏡をかけても、二行読むと目が滲む。
「捨てましょうか」
甥の人は、そう言った。
「置いといて」
きよはそう言った。
いまも、仏間の隅に置いてある。
読めない。読める人はいない。坂野さんは、これを十二年書いた。十二年書いて、誰にも見せなかった。見せないものを、なぜ十二年書いたのか、きよには分からない。分からないから、捨てられない。分かるものなら、捨てられた。
小さいほうの手帳は、警察が持っていったらしい。遺体のそばにあったので、そういうことになるという話だった。
大きいのがここにあって、小さいのが警察にある。
両方読む人は、どこにもいない。
*
三時ごろ、きよは外に出た。
杖を持って、道を下りた。
集会所までは、四百メートルくらいである。ゆっくり歩けば十五分で行く。行けるうちは行く。行けるのに行かない、というのが、圭一に言えないことだった。歩ける。四百メートルは歩ける。二十四キロは歩けない。歩ける分だけ、歩いておく。
途中に、畑の隅の箱がある。
七月に、役所の人が置いていったものである。暦の役所だと言っていた。
白い樹脂の箱で、横に細い棒が立っている。音はしない。光もしない。
置いてから一か月経つ。月に一度来ると言っていたが、まだ来ていない。
あの人は、ここに五人いたころに来た。
いまは二人である。
箱は、そのまま立っている。何を測っているのか、きよは訊かなかった。訊いても分からないだろうと思った。分からないものを、この土地に、また一つ増やして帰った人がいる。それだけのことである。
*
集会所の裏に、碑がある。
着いて、きよは足を止めた。
草が伸びていた。
膝の上まである。碑の台座が半分隠れている。
こんなに伸びているのを、きよは見たことがなかった。
坂野さんが刈っていた。毎年、六月と八月に刈っていた。刈っているところを、何度も見た。あの人は誰にも言わずに刈って、誰にも言わずに帰った。言わずにやることばかりだった人である。書くことも、刈ることも、言わずにやって、言わずにいなくなった。
六月に刈った分が、七月と八月で伸びた。
碑は、草の上から先だけ出ている。
開拓五十年、と読める。
朱が、去年より剥げていた。
*
台座の板は、草に埋まって見えない。
見えないが、何が書いてあるかは知っている。
永ク後世ニ伝ヘントス。
坂野さんが、いつだったか、それを声に出して読んだことがある。読んで、こう言った。
——伝わってるんですかね。
きよは、そのとき、なんと答えたか覚えていない。たぶん、そうだねえ、と言った。たいていのことに、そうだねえ、と答えてきた。勇にも、圭一にも、坂野さんにも、そう答えてきた。答えることで、それ以上訊かれずに済む。訊かれずに済むと、考えずに済む。そうやって、九十年近くやってきた。
いま思えば、あれは訊いていたのかもしれない。
訊かれていたのに、そうだねえ、で流した。流された坂野さんは、その冬に、いなくなった。訊く相手を間違えたのだと、きよは思う。きよは、答えられる者ではなかった。
*
石の裏側は、草がない。
北向きで、日が当たらないからである。
裏には何も彫っていない。上から下まで、平らな面がある。
坂野さんは、ここに彫る面があると言っていた。言っていたが、彫ることが無いとも言っていた。
六月に四人減った。
彫ることが無い、というのは、そういう意味ではないのだろうと、きよは思う。
勇も、この北向きの面を、見たことがあるはずだった。碑のところは、山へ行く道の途中である。六十年、通っている。通っていて、裏の平らな面を、いつか見たかもしれない。見て、何を思ったかは、きよは知らない。訊かなかった。訊けば、そうだねえ、で流されるのは、こちらのほうだった。
*
道のほうで、車の音がした。
和泉さんの奥さんの軽自動車だった。
停まって、降りてきた。
「おばあちゃん」
「はいはい」
「歩いてきたんですか」
「歩けるうちはね」
奥さんは、草を見た。
それから、碑を見た。
しばらく、そうしていた。
*
「私、九月に、いっぺん実家に帰ります」
奥さんは言った。
「そうかい」
「札幌です。母が、来いって」
「行きなさい」
「はい」
奥さんは、そう言った。
それから、こう言った。
「二週間くらいで、戻ります」
きよは、奥さんを見た。
「戻るのかい」
「はい」
奥さんは、草のほうを見ていた。
「家が、売れないので」
「うん」
「ローンが、あと二十五年あって。うちの人、まだ死んでないことになってるので、保険も下りないんです」
「そうかい」
「役所の人が、三回謝りました」
きよは、少し笑った。
笑ってから、笑うところではないと思った。
だが、奥さんも笑っていた。
同じだ、と思った。この人も、行けるのに、行かない。行って、戻ってくる。戻ってこられる家が、まだあるからではない。戻ってこないと、いなくなった人が、本当にいなくなる。この人にも、それが分かっている。若いのに、もう分かっている。分かってしまったのだと思うと、きよは、少し気の毒だった。
*
「それだけでないでしょう」
きよは言った。
奥さんは、答えなかった。
答えないので、きよもそれ以上は訊かなかった。
訊かなくても、分かる。
まだ出ていない。
二キロ四方のどこかにある。人が入って、二日探して、出なかった。それきり、誰も入っていない。
出るまで、ここを離れられない人間が、いま、二人いる。
きよの勇は、山にいる。奥さんの旦那は、二キロ四方のどこかにいる。どちらも、出ていない。出ていないので、死んでいないことになっている。死んでいないことになっている者を、待つのではない。ただ、その場所を、空けられない。二人とも、同じことを、別の言い方でしている。
*
奥さんが、車のほうへ戻った。
戻って、後ろのドアを開けて、何か下ろした。
刈払機だった。
「それ」
「うちの人のです」
奥さんは、それを担いだ。
「使えるのかい」
「宮下さんに、教わったので」
きよは、うなずいた。
宮下さんに教わった、と奥さんは言った。宮下さんも、この冬から来ない。教わった者が、教えた者のいなくなった土地で、教わったとおりにやる。勇も、そうだった。刈り方を教えた人間は、とうに死んでいると、いつか言っていた。誰かがいなくなって、その手つきだけが、別の手に移る。移って、また続く。碑には彫らない。彫る面はあるが、彫らない。彫らずに、手だけが伝わる。伝わってるんですかね、と坂野さんは訊いた。伝わっている、と、きよはいま思った。訊かれたときに、そう答えればよかった。
奥さんは草の手前に立って、燃料のコックを開けた。チョークを引いて、紐に手をかけた。
引いた。
一度でかかった。




