第九章 令和〇八年〇七月二〇日 〇五時〇〇分
五時に、林道の待避所に着いた。
着いたときにはもう明るかった。七月の道北は、四時前から明るい。空は曇っていて、風はなかった。気温は十六度である。車の温度計を見た。数字を先に見て、それから外を見る。もう、そういう順になっている。
先に来ていたのは市の車が二台と、警察が三台。猟友会の軽トラが四台。それに、うちの車。
うちの車には大迫さんが乗っていた。窓を開けて、こちらに片手を上げた。
私も上げた。上げてから、その角度を考えた。大迫さんのは、肩の高さだった。私のは、それより低い。低くしたのは、そのほうが正しいと思ったからである。思ったのは、少し遅れてだった。
*
場所は、宮下さんが最後に杭を打った地点から、三百メートルほど山側だった。
昨日の夕方、猟友会の人が見つけた。二十日目である。
六月三十日の夜に帰らず、七月一日から捜索が始まって、三日で規模を縮めた。あとは猟友会が週に二度ばかり回っていた。回っていたのは、たぶん、業務ではない。
見つけたのは中里さんだった。
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現場は、沢から二十メートルほど上がった、笹の斜面である。
斜面の中ほどに、盛り上がりがあった。
直径が二メートル近い。周りの笹が倒れて、円く踏み分けてある。踏み分けの外側に、爪の跡が三か所ついていた。
警察の人が写真を撮っていた。何十枚も撮っていた。
私は離れたところに立って、見ていた。私の仕事は、初見ではない。初見は昨日、猟友会が発見した時点で終わっている。私は今日、経過を見に来ただけである。見に来ただけだ、と自分に言うと、少し、楽になる。
見に来て、記す。
*
掘るのに二時間かかった。
上から少しずつ剥がしていく。剥がすというのは正確で、土は一様に被さっているのではなかった。
層になっていた。
いちばん上が新しい土で、その下に、少し締まった土。その下に笹の葉が薄く一枚。その下にまた土。
剥がすたびに、境が出る。
中里さんが横で数えていた。
「十一」
中里さんは、そう言った。
警察の人が、なんです、と訊いた。
「十一回だ。掛け直したのが」
「一回で厚く掛けることもあるでしょう」
「あるけどな。境は出ねえよ」
中里さんは、それだけ言った。それ以上は言わなかった。
私は書いた。
被覆に層状の構造。境界十一。
書いて、少し考えて、そのまま置いた。
十一という数に意味があるかどうかは、私には分からない。分からないので、数だけ書く。数だけ書けば、それは私の手を離れて、上で誰かが読む。読む人がいるかどうかは、私の考えることではない。
*
六時四十分ごろ、羽が動いた。
斜面の中腹で、警察と市の人が交代で土を除けていた。誰も何も言っていなかった。掘る音だけがしていた。
その音の上に、重なった。
何枚もある。近くもなく、遠くもない。距離のないところで鳴っている。
私は時計を見た。
やんだのは、二十二秒あとだった。
七月八日は十秒だった。門司では二、三秒だった。
私は掘るのを見ていた。誰も手を止めなかった。中里さんも、大迫さんも、警察の人も、市の人も、誰も。聞こえているのは、私だけだった。それは、いつものことである。
私は書かなかった。
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収容は八時十分だった。
あとのことは書かない。書かないことになっている。
書くのは次のとおりである。
収容 〇八時一〇分
顔面損壊 あり
筋部食痕 あり
内臓欠損 なし
衣類・毛髪の剥離 あり
被覆 あり(層状・境界十一)
これで三体である。
顔面が三体中三体。筋部が三体中三体。内臓の欠損は、三体中一体。
三体そろって、数字は動かなかった。全部、教科書のとおりである。教科書のとおりなら、書くことは少ない。書くことが少ないというのは、たぶん、いいことなのだと思う。
中里さんが、私の手元を見た。
手元を見られて、私は書いた欄をもう一度見た。足りないところを探した。中里さんの目が、それを探せと言っている気がしたからである。探しても、足りないところはなかった。ないと決めて、それから顔を上げた。
「それで、全部か」
「はい」
「そうか」
中里さんは行った。
*
十時までに、みんな引き上げた。
市の車が出て、警察が出て、猟友会が出た。中里さんの軽トラがいちばん最後だった。
林道に、うちの車だけが残った。
佐分利さんが、後ろから鞄を出した。
*
佐分利さんは陰陽師である。六十三で、この管区に二十年いる。
私は佐分利さんの仕事を、着任してから二度見ている。どちらも一層で、どちらも済んだ。
済むところしか見ていない。だから、私は佐分利さんを、済ませる人だと思っていた。
佐分利さんは、沢の脇の笹の上で、足袋を履き替えた。白足袋である。現場では履き替える。門司でも、そうだった。汚れるのが分かっていて、白いものを履く。理由は訊いたことがない。
それから、蔵面を着けた。顔が、隠れた。私も、着けている。直には視ない。面越しに視る。六年、そうしてきた。
佐分利さんは斜面を上がって、掘り返したところの前に立った。
白足袋が、掘り返した黒い土の横にあった。
それから、踏みはじめた。
反閇である。
禹歩で歩を進める。片足を出して、もう片足を引きつける。引きつけた足を次に出さず、同じ足をもう一度出す。片側を引きずるような運び方になる。速くはない。
七つ踏んだ。
地面に印はない。印は佐分利さんの頭のなかにある。土の上には、七つの浅い跡だけが残った。
踏み終えて、佐分利さんは止まった。
「竹内さん」
「はい」
「気色は」
「風はありません。音はありません。私が視た範囲では、変わりはありません」
「そう」
佐分利さんは、もう一度踏んだ。
二度目も七つだった。
二度目を踏み終えて、少し立っていた。それから、三度目を踏んだ。
三度は、私は見たことがなかった。
門司では、一度である。二度目を踏むのは、一度目で気色が動かなかったときだと有働さんから聞いた。動かなければ二度。二度で動かなければ、その日はやらない。日を変える。
佐分利さんは三度踏んだ。
日を変えなかった、と私は思った。それだけである。それ以上は、私の考えることではない。
三度、踏み終えたとき、白足袋は、土の色になっていた。
*
佐分利さんは、鞄から白い紙と、塩と、細い木を出した。木は柳だと思う。門司でも使っていた。
置いて、立てて、水を打った。
言葉があった。私は覚えていない。覚えていないというのは、聞こえなかったという意味ではない。聞こえたが、あれは伺見が覚えるものではない。
時間は、七分ほどだった。
門司の祠のときは、有働さんが二十分やった。二十分やって、そのあと氏子の人と一時間話した。話すほうが長かった。話す相手がいたからである。
七分で、佐分利さんは手を下ろした。
それから、立っていた。
一分くらい立っていた。
*
「竹内さん」
「はい」
「もう一度、聞くけど。気色は」
「変わりありません」
「うん」
佐分利さんは、掘り返した土を見ていた。二十年この管区にいる人の背中が、そのとき、少し低くなったように見えた。面越しなので、確かではない。
それから、こう言った。
「相手がいない」
私は、佐分利さんを見た。
「いない、と申しますと」
「いないんだ」
佐分利さんは、こちらを見なかった。
「鎮めというのはね。あれは、話なんだ。相手が何を怒ってるか、何を惜しんでるか、それを聞いて、こっちが直す。直せば済む。直せなければ、封じる。封じるのは、話が通じない相手だ」
「はい」
「話が通じない相手でも、相手はいる」
佐分利さんは、そこで一度、言葉を切った。
「ここには、いない」
*
私は手帳を開いていた。
開いていたが、書かなかった。
書けなかったのではない。書き方は分かる。
陰陽師 佐分利、相手の不在を認む
こう書ける。
書けるが、これは所見である。所見は佐分利さんのものであって、私が視たものではない。
書けば、それは私の所見になる。
私が書いていいのは、これだけである。
鎮め実施 一〇時二二分〜一〇時二九分
効果は確認できない
二行である。
佐分利さんは二十年この管区にいて、私は二度しか成功を見ていない。その人が、掘り返した土の前で反閇を三度踏んで、七分で手を下ろして、それから、相手がいない、と言った。
それが二行になる。
こうなるように書式ができている。
*
車に戻った。
大迫さんが運転席にいた。エンジンをかけて、エアコンを入れていた。佐分利さんが後ろに乗った。
「終わりか」
大迫さんが言った。
「はい」
「俺、何にもしてねえぞ」
「はい」
「はい、じゃないだろ」
私は、少し笑った。
笑ってから、門司で同じことを言われたのを思い出した。同じ言い方だった。二課の人間は、たぶん、どこでも同じことを言う。
呼ばれないのはいいことである。呼ばれるということは、鎮めが効かなかったということだ。
今回、鎮めは効いていない。
それでも、大迫さんは呼ばれていない。
佐分利さんは、後ろで何も言わなかった。
*
林道を半分ほど下りたところで、大迫さんが言った。
「あんた」
「はい」
「決まりだから、って話ばっかりだな」
私は、前を見ていた。
何か言おうとした。
言おうとして、出てこなかった。
「いや、悪い」
大迫さんは、ハンドルを切りながら言った。
「そういう意味でねえんだわ」
「はい」
「そうやって返すから、言われるんだ」
私は、はい、と言いかけて、やめた。
やめたが、代わりの言葉はなかった。
代わりの言葉というものは、どこかで聞いて、覚えておくものだと思う。私は、大迫さんがこの先どう言うかを、先に待っていた。だから、間ができた。
大迫さんは、それきり何も言わなかった。
*
林道を出るまで、四十分かかった。
舗装に乗ったところで、私は書式を頭のなかで組み立てていた。件名。初見。地。気色。由来。処置。結果。人員。封。欄は、いつも同じ順で並んでいる。並びのとおりに埋めれば、密奏になる。
由来の欄は、空欄になる。
空欄にするのは、書けないからではない。書いてはいけないからである。分からないものを書くと、そこから先の全部が信用できなくなる。
私はそう教わった。教わって、六年やってきた。正しいと思っている。
いまも正しいと思っている。
思っているが、佐分利さんの言ったことは、どこにも入らない。




