◇レオの旅立ち◇
「お前を解放なんかさせない」
ニルスは依怙地になっている。話が通じない。
「・・・これでは動きがとれない。たのめるだろうか?」
俺はレオに頼むしかなかった。
商人さんと連絡が取れれば、何か動ける算段もつくのかもしれないが、現状では俺に出来ることはない。
「お前を、奴隷のまま、ここに置いていくなんて・・、兄さんに何て言えば・・・」
「今は、レオより弱い。だからついて行っても足手まといになるだけかもしれない。
でも、ここにいれば少なくともこの身に危険はない。お願い、レオ、ウィルを・・・みんなを助けて」
本当は自分がアジャールに駆けつけたい。
だが、俺には2年の奴隷契約がある。今、シュタイン家を出奔すれば奴隷契約に 元ずく強制力が働くだろうし、うまく逃げられても逃走奴隷としてもっと下に落とされる可能性があり、悪くすれば罰で殺されるかもしれない。
それに、レオに比べれば、本当に弱いのだ。
馬にすら乗れないようでは確実に足をひっぱる。
必死でレオに訴えた。泣くつもりじゃなかったのに勝手に涙があふれた。
泣いてる場合じゃないのに、精神がコントロールできない。
レオなら、ワルシャールの上の人に顔も効くしツテもある。何たって、祖父がお偉いさんなのだ。
「ウィルを手助けできて、砦を救う道を選べるのは君しかいない」
もう一度レオを見ると、レオも泣いていた。
「ごめん。俺はアリサのために何もできないんだね」
二人で泪をポロポロこぼして泣いた。
「レオを信じている」
「・・・アリサ!」
久しぶりに、ずいぶんと久しぶりにレオの心と触れ合った気がした。
「かならず、かならず迎えにいくから!」
「うん。うん、待ってる」
ニルスが居心地悪げに、俺達の方を横目で見ていた。
「アリサは置いて行く。これで満足か?」
レオが涙をぬぐってニルスに言った。
「アリサは俺の奴隷なんだからそれが当たり前だろ…馬ぐらい出してやる」
そういうとニルスは亜空間から出ていく。
俺は、亜空間で作った「旅セット」をレオに渡した。
二人分作ったんだけど無駄になったな。
「まだ本調子じゃないと思うから気をつけて」
「アリサも・・・あいつには気をつけて」
ぎゅっと俺の手を握って、真剣な顔でレオが言う。
「大丈夫」
ニルスは俺のことを冗談なのか愛人にしたがっていたが、俺が心を強くもっていればつけ込まれることもないだろう。
シュタイン家の者に見つからないように裏口からレオを外に出す。
「こいつを使え」
ニルスが小袋に入ったお金を寄越した。
「勘違いした詫び賃だ」
何か言う前に、勝手にレオの背の荷物入れに押し込む。
「馬を出してきてやった。もう老馬だし処分しようと思っていたからお前にやる」
レオは苦笑した。
「厄介払いみたいだな」
「違うか?」
ニルスは口の端をゆがめて笑った。
馬の年齢はわからないが、いうほど老馬のようには見えなかった。
・・・素直じゃない奴だ。
「俺は寝る」
それだけいうとさっさと家の中に入ってしまった。
「気をつけて」
俺はレオを見送った。
レオは振り返って俺を見て「必ず」とだけ返し、発ってしまった。
俺は小さくなるレオの姿を見えなくなっても見送っていた。
そんな俺の背を部屋に帰ると言ったニルスが戻らずに見つめていたとも知らずに。
泣きはらした目の赤みが落ち着くまで、俺はしばらくレオを見送った場所で蹲っていた。
目の奥が痛いし頭の中がぼうっとする。
井戸にいって顔を洗ってこようと立ち上がったところで、くらりと視界がまわった。
どういうわけかひっくり返ってしまったようだ。
立ち上がろうとするが、身体に力が入らない。
思ったより、ダメージあったんだな。
もっと自分はタフだと思っていた。でもウィルの元から離れてからこっちはずっと緊張状態が続いていて、ココロが悲鳴をあげていたんだな。
心の不調は身体にも影響する。
それが今のタイミングでキテしまったようだ。
ぼんやりとそんなことを想っていると、ふいに身体が浮いた。
「大丈夫ですかっ?」
レンブラントだった。丁度外から帰ってきたところで俺を見つけたらしい。
抱き上げられ、家の中に運ばれている。
「・・・つっ!ニルスぼっちゃま?」
部屋に閉じこもって暴れていたはずのニルスの姿に気がつき慌てている。
寝にいったんじゃなかったんだ?
「・・・まさかニルス様が、アリサに?」
何かとんでもない勘違いをしていそうなので、俺は否定しておく。
「ちがうよ。ちょっと眩暈がして」
「・・・泣いて・・・」
泣いていたんですか?と呟くように聞かれた。
「おかしいよね?」
それを質問で返した俺をレンブラントはじっと見つめてきた。
「いえ、あなたの境遇を考えると・・・無理のないことだと思います」
労わるような声だった。
いい人なのだろう。
ちょっとウィルに背格好が似てるし。
「ニルス様、医者を呼んでもいいでしょうか?俺の給料から引いてくれてもかまいませんから」
「お前が呼んで来い。俺が運ぶから」
ニルスの腕とおもわしきものが背中に差し込まれる。
「いえ、ニルス様には無理です」
それ、俺が重いって言ってる?
そう口にしようとして俺は意識を手放した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「心労ですね」
呼ばれてきた医者は用意された洗面器で触診のあと手を洗いながら言った。
「それと、わたしは専門外なんですが…妊娠してますね。この人、しばらくは大事にしてあげてください」
意識を失っている間、呼んだ医者に思いもかけない事を言われ、ニルスとレンブラントが意識を飛ばし掛けたとか俺はぜんぜん知らなかった。
――わたしの愛した人は豹人でした。
異世界で妊娠、俺どうなっちゃうの?




