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第3話 悪役令嬢、帳簿を開く


 代官の屋敷は、領主館よりも立派だった。


 それが最初の違和感だった。


 ノルデンの町は寒々としていた。


 門は古び、道はぬかるみ、家々の壁には補修の跡が目立つ。子供たちの服は薄く、井戸の周囲には氷を割った傷が残っていた。


 それなのに、町の北側に建つ代官屋敷だけは違った。


 厚い石壁。

 新しい屋根。

 手入れされた馬小屋。

 庭には、冬のノルデンでは育てにくいはずの観賞用の低木まで植えられている。


 わたくしは屋敷を見上げ、静かに言った。


「ずいぶんと豊かな屋敷ですね」


 隣に立つカイが短く答える。


「代官は苦労しているそうだ」


「そうですか」


「本人はな」


 なるほど。


 なかなか分かりやすい。


 門番がこちらに気づき、慌てて姿勢を正した。


「エレノア・ヴァレンタインです。代官に会いに参りました」


「しょ、少々お待ちください!」


 門番は転がるように屋敷の中へ走っていった。


 しばらくして現れたのは、腹の出た中年の男だった。


 濃い茶色の上着に、金の飾りボタン。指には大きな宝石の指輪。


 ノルデンの代官、バルド・ガーランド。


 報告書の署名で、何度も見た名前だ。


「これはこれは、エレノア様!」


 バルドは大げさに両手を広げた。


「遠いところをよくお越しくださいました。いやはや、急なお話で準備が整わず、お恥ずかしい限りでございます」


 準備が整わず。


 その割には、彼の服には皺ひとつなかった。


「突然の訪問で申し訳ありません」


「いえいえ、とんでもない。領主様をお迎えできるとは、このバルド、光栄の極みでございます」


 よく回る舌だ。


 わたくしは微笑んだ。


「では、すぐに執務室へ案内してください」


「はい?」


「帳簿を確認します」


 バルドの笑顔が、一瞬だけ固まった。


 ほんの一瞬。


 だが、見逃すほどわたくしは優しくない。


「帳簿、でございますか」


「ええ。税収、備蓄、修繕費、人件費、王都への報告書。過去五年分を見せてください」


「五年分」


「足りませんか?」


「いえ、もちろんございます。ただ、長旅でお疲れでしょう。まずはお茶など――」


「お茶は帳簿の後で結構です」


 バルドの頬がぴくりと動いた。


 カイがわたくしの後ろで腕を組む。


 それだけで、周囲の使用人たちが目を伏せた。


「エレノア様」


 バルドは声を少し低くした。


「恐れながら、領地経営というものは、王都の令嬢が思うほど単純ではございません。帳簿だけ見ても分からぬことが多いのです」


「そうでしょうね」


「でしたら、まずはこの地に慣れていただいてからでも」


「慣れるために帳簿を見るのです」


 わたくしは一歩、前に出た。


「数字は嘘をつきません。嘘をつくのは、数字を書く人間です」


 バルドの顔から、笑みが薄くなった。


 それでも彼はすぐに取り繕った。


「……承知いたしました。こちらへ」


 案内された執務室は広かった。


 暖炉には火が入り、壁には高価な織物が飾られている。机は磨き込まれ、棚には革張りの帳簿が整然と並んでいた。


 わたくしは椅子に座らず、棚の前に立った。


「リーナ」


「はい」


「税収帳、備蓄台帳、修繕費明細を出して」


「かしこまりました」


 リーナはすぐに動いた。


 彼女は侍女だが、王都の屋敷でわたくしの書類整理を手伝っていた。帳簿の扱いにも慣れている。


 バルドは意外そうにリーナを見た。


 侍女が帳簿を読めるとは思っていなかったのだろう。


 その時点で、彼は王都の公爵家を甘く見ている。


「カイ」


「何だ」


「この屋敷の倉庫番を呼んでください。あわせて町の井戸修繕を担当した職人も」


「分かった」


 カイはすぐに部屋を出ていった。


 バルドが慌てて口を挟む。


「お待ちください。倉庫番も職人も、突然呼びつけられては仕事が」


「必要な確認です」


「ですが」


「代官」


 わたくしは彼を見た。


「わたくしはお願いをしているのではありません」


 部屋の空気が止まった。


 バルドは口を閉じる。


 わたくしは机に帳簿を広げた。


 最初に見るべきは、税収ではない。


 備蓄だ。


 貧しい領地で最も誤魔化されやすく、最も命に関わる。


「昨年の冬、備蓄麦の消費量が大きく減っていますね」


「ええ。昨年は比較的、雪が少なかったもので」


「王都への報告書には、例年にない大雪とあります」


 バルドが黙った。


 わたくしは次のページをめくる。


「では、こちらの井戸修繕費。三つの村で同額が計上されています。石材費、人件費、運搬費まで完全に同じです」


「同じ業者に依頼しましたので」


「村同士の距離が違います。運搬費まで同じになるのは不自然です」


「それは、業者が便宜を」


「便宜を図った業者の名前が、毎年変わっていますね」


 バルドの額に、汗が浮かんだ。


 暖炉のせいではないだろう。


 リーナが隣で新しい帳簿を開く。


「お嬢様、こちらもです。橋の修繕費が二度計上されています」


「場所は?」


「東の旧街道です」


 カイが言っていた。


 東の旧街道は、もうほとんど使われていないと。


「代官。東の旧街道の橋は、現在も使われていますか」


「ええ、もちろんでございます」


 扉が開いた。


 カイが戻ってきたのだ。


 その後ろには、痩せた老人と、腕の太い職人らしき男が立っている。


 カイは低く言った。


「東の旧街道の橋は、三年前に落ちたままだ。誰も使っていない」


 バルドの顔色が変わった。


 職人の男が、恐る恐る口を開く。


「あの橋は、修繕なんかされてません。俺たちにも依頼は来てません」


「黙れ!」


 バルドが怒鳴った。


 職人はびくりと肩を震わせる。


 だが、カイがその前に立った。


「黙るのはお前だ、バルド」


「カイ・ローレン! 貴様、代官に向かって何という口を!」


「今この場にいるのは、代官より上の領主だ」


 カイの声は静かだった。


 だが、よく通った。


「口の利き方を間違えているのは、お前だ」


 バルドは唇を噛んだ。


 わたくしは帳簿を閉じなかった。


 まだ終わっていない。


「倉庫番」


 呼ばれた老人が、びくびくと前に出た。


「はい」


「昨年の備蓄麦について聞きます。帳簿では、雪が少なかったため消費量が減ったとあります。実際は?」


 老人はバルドを見た。


 バルドが睨み返す。


 老人の手が震えた。


 その時、部屋の外から小さな声がした。


「おじいちゃん」


 開いた扉の隙間に、小さな女の子が立っていた。


 年は七つか八つ。


 薄い上着を着て、頬は赤く荒れている。


 老人が慌てた。


「ミナ、来ちゃいかん!」


 少女は泣きそうな顔で老人を見た。


「でも、おじいちゃん、また怒られるの?」


 その一言で、部屋の中の誰もが黙った。


 わたくしは少女を見る。


 細い手。


 痩せた頬。


 栄養が足りていない子供の顔だった。


「あなたの名前は?」


「……ミナ」


「ミナ。昨年の冬、麦は足りていましたか」


 少女は大人たちの顔を見回した。


 そして、小さく首を横に振った。


「お母さん、ずっと少なく食べてた。弟にあげるからって」


 老人が目を閉じた。


 バルドは何も言わない。


 わたくしは、ゆっくりと息を吸った。


 怒りで手が震えそうだった。


 けれど、ここで怒鳴ってはいけない。


 怒鳴るのは簡単だ。


 必要なのは、怒りを仕事に変えること。


「リーナ」


「はい」


「現在の備蓄麦の残量を確認します。帳簿上の数字と、実際の倉庫の量を照合して」


「かしこまりました」


「カイ。倉庫を開けてください」


「ああ」


 バルドが立ち上がった。


「お待ちください! 領主様とはいえ、正式な手続きもなしに倉庫を検査するなど」


「正式な手続きなら、今ここで始めます」


 わたくしは彼を見た。


「ノルデン領主エレノア・ヴァレンタインの名において、代官バルド・ガーランドの管理下にあるすべての倉庫、帳簿、契約書の即時検査を命じます」


「横暴ですぞ!」


「領民の食料を横領していたのなら、それ以上の横暴はありません」


 バルドの顔が赤くなった。


「証拠もなしに!」


「ですから今から探します」


 わたくしは立ち上がった。


「領民の代表も立ち会わせます。倉庫番、職人、町の長老。全員の目の前で確認しましょう」


 バルドが息を呑んだ。


 公開されること。


 それが一番困るのだ。


 不正は、密室の中でこそ生きる。


 だから、窓を開ける。


 人の目を入れる。


 寒い土地なら、なおさら風通しをよくしなければならない。


「カイ」


「何だ」


「この屋敷の出入り口を押さえてください。書類を持ち出す者がいれば止めて」


「分かった」


「リーナは帳簿をすべて封印。紙一枚でも失くさないように」


「はい」


 使用人たちがざわつく。


 バルドはわたくしを睨んだ。


「エレノア様。ご自分が何をなさっているのか、お分かりですかな」


「もちろん」


「私は長年、この地を治めてきました。王都育ちの若い令嬢に、何が分かるというのです」


「少なくとも」


 わたくしは静かに答えた。


「飢えた子供の前で太る代官が、良い代官でないことは分かります」


 部屋が凍りついた。


 バルドの顔から、完全に笑みが消えた。


「……後悔なさいますぞ」


「昨日、王太子殿下にも同じようなことを言われました」


 わたくしは微笑んだ。


「残念ながら、もう聞き飽きています」


     ◇


 倉庫の扉が開かれたのは、それから半刻後だった。


 町の者たちが集まり始めていた。


 老人、職人、女たち、子供たち。


 誰もが不安そうにこちらを見ている。


 領主が代官の倉庫を検査する。


 それだけで、ノルデンでは大事件なのだろう。


 カイが扉の錠を壊した。


 重い木の扉が開く。


 中には、麦袋が積まれていた。


 だが、少ない。


 帳簿に書かれていた量の半分にも満たない。


 リーナが青ざめた顔で帳簿と照らし合わせる。


「お嬢様」


「言って」


「足りません。帳簿上では百二十袋あるはずですが、ここには五十三袋しかありません」


 ざわめきが広がった。


「そんな」


「やっぱりか」


「うちは去年、配給を減らされたのに」


 バルドが声を荒げる。


「別の倉庫に移しただけだ!」


「では、その倉庫へ案内してください」


「そ、それは」


「今すぐ」


 バルドは答えられなかった。


 それが答えだった。


 ミナが祖父の服を握っている。


 その小さな手を見た瞬間、わたくしの中で何かが決まった。


「代官バルド・ガーランド」


 わたくしは声を張った。


 広場にいた者たちが、一斉にこちらを見る。


「現時点をもって、あなたの倉庫管理権限を停止します。帳簿、鍵、印章をすべて提出しなさい」


「そんな権限が、あなたにあるとでも?」


「あります」


 わたくしはまっすぐに彼を見る。


「わたくしは、ノルデン領主です」


 バルドの唇が震えた。


 今まで彼は、領主不在の土地で王のように振る舞ってきたのだろう。


 だが、それは今日で終わりだ。


「今後、備蓄麦は領主館の管理下に移します。配給量は本日中に再計算し、子供、高齢者、病人のいる家を優先します」


 町の人々が顔を上げる。


「リーナ、書き留めて」


「はい」


「カイ。信頼できる兵を二人、倉庫番につけてください」


「分かった」


「職人の方」


 腕の太い男が驚いて顔を上げた。


「はい」


「明日、井戸と橋の状態を見て回ります。案内をお願いします。正当な賃金は支払います」


「ほ、本当に?」


「働きに報いるのは当然です」


 男は呆然としていた。


 それほど当然ではなかったのだろう。


 わたくしは町の人々を見渡した。


「皆様に約束します」


 冷たい風が吹く。


 けれど、誰も目を逸らさなかった。


「わたくしは、すぐにこの土地を豊かにできるとは言えません。冬は寒く、倉庫の麦は足りず、道は壊れています。問題は山ほどあります」


 甘い言葉を言うつもりはない。


 ここで夢だけを語れば、また裏切りになる。


「ですが、ひとつずつ直します。隠されていたものを明らかにし、足りないものを数え、必要な場所へ届けます」


 ミナがわたくしを見ていた。


 老人も。


 職人も。


 警戒はまだ消えていない。


 それでいい。


 信頼は、命令して得るものではない。


 積み上げるものだ。


「だから、皆様にもお願いがあります」


 わたくしは頭を下げた。


「この土地のことを、わたくしに教えてください」


 沈黙が落ちた。


 やがて、誰かが小さく言った。


「川のことなら、トマス爺が知ってる」


「北の井戸は、冬になると先に凍る」


「森の道は使うな。魔獣が出る」


 ぽつり。


 ぽつり。


 声が増えていく。


 それは歓迎ではない。


 まだ信頼でもない。


 けれど、最初の情報だった。


 わたくしはリーナに目配せした。


 リーナは必死に書き留めている。


 カイは黙ってそれを見ていた。


 その表情は、少しだけ柔らかかった。


     ◇


 同じ日の夕刻。


 王都の王太子宮では、また別の問題が起きていた。


「殿下、ルーデン王国の使節団より、会談日程を一日早めたいとの連絡が」


「一日?」


 ジルベルトは眉を寄せた。


「なぜだ」


「本国で急な会議が入ったとのことで」


「ならば受ければいい」


 文官たちは顔を見合わせた。


「ですが、論点整理がまだ不完全です。特に、羊毛関税の引き下げについて、こちらの譲歩限度が」


「そんなもの、その場で判断する」


「殿下」


 年配の文官が、恐る恐る口を開いた。


「以前エレノア様が作成されていた交渉資料には、ルーデン側が必ず鉄鉱石の輸出制限を持ち出すと」


「またエレノアか!」


 ジルベルトは声を荒げた。


「あの女の名前を出すなと言ったはずだ!」


 文官は口を閉じた。


 その時、ミリアが紅茶を持って入ってきた。


「殿下、少しお休みになってください。お顔の色が悪いです」


「ミリア」


 ジルベルトの表情が和らぐ。


「君だけだ。私を気遣ってくれるのは」


「皆様、殿下を責めすぎです。殿下はこんなに頑張っていらっしゃるのに」


 文官たちは何も言わなかった。


 頑張っていることと、仕事が進んでいることは違う。


 だが、それを口にできる者は、この部屋にはいなかった。


 机の上には、未整理の書類が積み上がっている。


 かつてなら、赤、青、黒の紐で分類され、優先順位がつけられていた。


 今は、ただの紙の山だった。


     ◇


 夜。


 わたくしは仮の執務室となった領主館の一室で、帳簿と向き合っていた。


 領主館は寒かった。


 代官屋敷よりずっと古く、窓の隙間から風が入る。


 暖炉に火は入っているが、足元は冷える。


「お嬢様、少しお休みください」


 リーナが心配そうに言う。


「あと少しだけ」


「先ほどもそうおっしゃいました」


「では、あと少しを二回分」


「増えています」


 リーナが困った顔をする。


 その時、扉が叩かれた。


「入れ」


 カイだった。


 片手に木の器を持っている。


「食え」


 器の中には、温かいスープが入っていた。


 根菜と少しの肉。


 質素だが、湯気が立っている。


「ありがとうございます」


「礼は料理番に言え」


「あなたが持ってきてくれたのでしょう」


「ついでだ」


 絶対についでではない。


 だが、指摘しないでおく。


 わたくしはスープを一口飲んだ。


 体の中に、じんわりと温かさが広がる。


「美味しい」


「薄いだろ」


「今のわたくしには十分です」


 カイは机の上の帳簿を見た。


「どうだ」


「ひどいです」


「だろうな」


「備蓄だけではありません。井戸の修繕、橋の工事、兵の給与、すべて少しずつ抜かれています。一度に大きく盗むのではなく、長年かけて細く吸い上げている」


「だから気づかれにくかった」


「ええ」


 わたくしは帳簿を閉じた。


「でも、もう終わりです」


 カイはわたくしを見る。


「明日、バルドは逃げるかもしれない」


「逃がしません」


「どうやって」


「逃げる先をなくします」


 わたくしは別の紙を取り出した。


 今日のうちに書いた命令書だ。


「明朝、バルドの印章を無効化し、ノルデン領内の商会に通達します。彼の名での取引をすべて停止。あわせて王都の公爵家にも早馬を出します」


「早いな」


「逃げる人間は、逃げる前が一番忙しいものです。こちらはそれより早く動く必要があります」


 カイは少し黙った。


 それから、低く笑った。


「本当に悪役令嬢みたいだな」


「褒め言葉として受け取ります」


「ああ。褒めてる」


 そう言われて、少しだけ驚いた。


 カイは窓の外を見た。


 雪がちらつき始めている。


「今日、町の者たちがあんたの話をしていた」


「悪口ですか」


「半分はな」


「残り半分は?」


「先代様に似ている、と」


 胸が、少しだけ痛んだ。


 母の名前は出ていない。


 けれど、この土地には母の足跡が残っている。


 わたくしはまだ、何もしていない。


 ただ帳簿を開いただけだ。


 それでも、最初の一歩にはなったのかもしれない。


「カイ」


「何だ」


「わたくしは、この土地で母を知ることができるでしょうか」


 彼は少し考えた。


「できる」


「そうですか」


「だが、綺麗な話ばかりじゃない」


「構いません」


 わたくしはスープの器を両手で包んだ。


「わたくしはもう、綺麗な嘘には飽きました」


 王都の舞踏会。


 殿下の愛。


 ミリア様の涙。


 貴族たちの噂。


 どれも美しく飾られていた。


 けれど、その下には何もなかった。


 この土地は違う。


 寒く、貧しく、問題だらけだ。


 でも、ここには本当の生活がある。


 泣く子供がいて、働く職人がいて、怒る老人がいる。


 ならば、向き合う価値がある。


 わたくしは再び帳簿を開いた。


「明日は忙しくなります」


「今日も十分忙しかった」


「明日はもっとです」


「倒れるぞ」


「倒れたら起こしてください」


「それ、今日も聞いた」


「では、明日もお願いします」


 カイは呆れたように息を吐いた。


 けれど、部屋を出ていくことはなかった。


 窓の外では、雪が静かに降っている。


 王都で悪役令嬢と呼ばれた夜から、まだ数日しか経っていない。


 けれどわたくしは、もう戻りたいとは思わなかった。


 ここには、やるべきことがある。


 倒すべき相手がいる。


 守りたい人々がいる。


 そして何より。


 わたくしを見張る目がある。


 疑いながらも、ほんの少しだけ期待してくれる目が。


 それで十分だった。


 わたくしはペンを取り、最初の命令書に署名した。


 エレノア・ヴァレンタイン。


 元王太子妃候補。


 元悪役令嬢。


 そして今日から、本当の意味でノルデンの領主である。

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