第7話:終わらない恋の誓い
学園での息の詰まるような日々とは打って変わって、休日の王都は色鮮やかな活気に溢れていました。
今日は、レインハルト様の十九歳のお誕生日。
それから――初めて二人できり街へ近く、特別なデートの日です。
鏡の前で何度も裾を直し、息を吐いては胸に手を当てても、早打ちする鼓動は少しも静まってくれません。
朝からずっと落ち着かないまま、わたしは少しだけ大人びた紺色のワンピースに身を包み、エリュシオン侯爵邸の玄関で彼のお迎えを待っていました。
(落ち着いて、シャルロット。ただのお出かけじゃない……ううん、やっぱり無理……っ)
ガラガラと車輪が音を立てて、豪奢な金細工が施されたヴァルテンベルク公爵家の馬車が車寄せに滑りできました。
すりガラス越しに影が動き、ゆっくりと馬車の扉が開かれます。
降り立った彼の姿を目にした瞬間、わたしは息をするのも忘れて立ち尽くしてしまいました。
仕立ての良い漆黒のジャケットを羽織ったレインハルト様。
ただそこに立っているだけで周囲の空気を一変させてしまうほどの、圧倒的な美しさと圧倒的な存在感。
「お待たせ、シャルロット」
低く甘い声で名前を呼ばれ、彼がこちらへ歩み寄ってくるだけで、視界がじんわりと熱を帯びていきます。
見惚れていたことがバレてしまわないよう、わたしは爆発しそうな胸のときめきを隠すように必死で微笑みを浮かべました。
「……今日も、その……とんでもなくハンサムですわ、レインハルト様」
「ははっ、ハンサムって。君は本当に……」
語彙力をなくしたわたしの素直すぎる称賛に、彼は少しだけ照れたように目元を緩めると、すっと大きな手を差し出してきました。
その指先が、わたしの手に軽く触れます。
「君も、いつ見ても可愛らしいよ。……それに今日の君は特別綺麗だ。誰にも見せたくなくなってしまう」
ふわりと漂う、彼の香水の上品な香り。
耳元で囁かれた息をするように甘い言葉に、心臓が跳ね上がりました。
(っ……そんな顔で、そんなことを言われたら……っ)
顔が火が出そうなほど熱くなるのを自覚する隙すら与えず、彼はごく自然な動作でわたしの手を取ると、その甲にそっと唇を落としました。
指先から全身へと伝わる、熱い痺れのような感覚。
背後でお付きのメイドたちが「きゃっ」と小さな悲鳴を上げ、顔を真っ赤にして熱い溜息を漏らす気配が伝わってきます。
けれどレインハルト様は周囲の視線などまるで意に介さず、わたしだけを映すその深い瞳で、意悪く、そして極上に甘い微笑みを向けてくださるのでした。
頭がどうにかなってしまいそうなほどの熱に浮かされながら、彼の手の温もりに引き寄せられるようにして馬車へ乗り込みます。
重厚な扉が閉まり、二人きりの密室となった馬車が静かに走り出しました。
隣に座る彼の体温が嫌でも伝わってきて、わたしは自分の膝の上でぎゅっと拳を握りしめます。
「……シャルロット? どうしたの、そんなに緊張して。顔が赤いよ」
覗き込んでくるレインハルト様の瞳には、優しさと、どこか逃がしてはくれないような妖しい光が宿っていました。
今日という一日、わたしの心臓は最後まで持つのでしょうか――?
***
人波でごった返す王都の大通り。
「――危ない」
ぐいっ、と強い力で腰を抱き寄せられました。
背中に当たる、硬くて広い胸。
上質なジャケット越しに伝わってくる彼の熱い体温に、ビクッと肩が跳ねます。
「はぐれないように。……こうしていてもいいかな」
耳元に降ってくる、甘く低い声。
見上げれば、どんなにすれ違う女性たちが彼に見惚れようとも、その金色の瞳は真っ直ぐにわたしだけを捉えて離しません。
「はい……っ」
密着したまま歩き出す彼のリードに、わたしの心臓は破裂しそうなほど高鳴りっぱなしでした。
話題の魔導具店へ足を踏み入れると、彼は最新の術式に見入り、少しだけ年相応の無邪気な瞳を見せました。
楽しそうなその美しい横顔を、すぐ隣で独り占めできる幸福感。
(みなさんレインハルト様を見ていらっしゃいますわ。……長身で美形ですし、目立ちますわよね)
お昼には、王都の街並みを見下ろす景色の良いレストランの個室へ。
重厚な扉が閉まれば、そこはもう学園の冷たい視線も悪意も届かない、二人きりの世界です。
「ほら、口元にクロワッサンの皮が付いてる。かわいい」
「っ、レインハルト様、からかわないでくださいませ……!」
冗談めかして笑う彼と向かい合い、美味しいお料理をいただきながら、他愛のない会話に花を咲かせるお昼下がり。
あたたかくて、甘くて、夢のような時間が過ぎていきます。
やがて空が茜色に染まり、街にオレンジ色の魔導灯がぽつぽつと灯り始めた頃。
わたしたちは、王都を一望できる静かな時計塔のテラスに立っていました。
ひんやりとした夜風が頬を撫でた、その瞬間。
スッ、と彼が空中に指を滑らせます。
淡い光の軌跡が魔法陣を描き、ふんわりとした見えない毛布のような温もりがわたしを包み込みました。
「風が冷たくなってきたね。君が風邪を引いたら大変だ」
「ありがとうございます。……あの、レインハルト様」
鞄の持ち手を握る手に、ぎゅっと力を込めました。
「お誕生日、おめでとうございます……っ」
震える指先で差し出したのは、小さな包み。
中身は、上質な革のブックカバーに、わたし自身が夜な夜な不格好な刺繍を施したものです。
公爵家のご子息が普段手にされるような一流品とは比べ物になりません。
けれどどうしても、唯一無二の、心を込めたプレゼントを贈りたかったのです。
(喜んでもらえるかしら……)
不安で俯きかけたわたしの手から、彼はとても大切そうに両手でそれを受け取ってくれました。
包みを開く微かな音。
そして、ふっと息を呑む気配。
「君が、これを刺繍してくれたのか」
顔を上げると、夕焼けの光を反射した彼の金色の瞳が、信じられないものを見るように大きく揺れていました。
「ありがとう。……どんな希少な魔導書や魔石よりも嬉しいよ」
長い指先が、わたしの縫った刺繍の糸を愛おしそうになぞります。
「今日からすぐに使わせてもらうよ。君の時間を僕のために使ってくれた事実が、何よりも愛おしいんだ」
熱を帯びた眼差しに射抜かれ、呼吸の仕方を忘れてしまいました。
「シャルロット」
名前を呼ばれ、ふいに大きな手がわたしの頬を包み込みました。
ビクッと体が震えます。
でも、逃げたいなんて少しも思いません。
少しだけ大人びた端正な顔が、ゆっくりと近づいてきます。
鼻先を掠める、微かなインクの香りと、冷たくて甘い魔力の残り香。
頭の芯がジンジンと痺れ、わたしは吸い込まれるようにそっと目を閉じました。
唇に落ちたのは、羽根のように優しくて、甘いキス。
「君と出会えて良かった」
唇が離れ、額と額がコツンと合わさります。
至近距離で囁かれた言葉。
「君が僕の隣にいてくれるなら、僕は世界中のどんな理不尽からも君を守り抜くよ」
その瞬間、張り詰めていたものが決壊し、わたしの緋色の瞳からポロリと一粒の涙がこぼれ落ちました。
学園での孤独な日々は、これからも続くでしょう。
冷ややかな視線に晒され、心無い言葉に傷つくこともあるはずです。
それでも。
この温もりと、彼からの絶対的な愛があるなら、どんな代償だって構わない。
魔法も使えない、容姿だって平凡なわたし。
けれど、王国最強の彼が、こんなにもわたしを求めてくれている。
(わたしは絶対に、この恋を手放したりはしません……!)
あの日、炎の中からわたしを救い出してくれた彼を、今度はわたしが全力で支え、愛し抜くのだと。
美しく染まる王都の黄昏を背に。
わたしは彼のあたたかい腕の中で、静かに、そして強く決意したのです。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
こちらは「黄金の檻 〜全てを捧げる最強魔導師の極上愛に溺れて幸せです〜」という作品の前日譚、アナザーストーリーとなっております。
https://ncode.syosetu.com/n8662ls/
本編カップルがどんな運命をたどるのか、気になった方はぜひお越しくださいませ。
最新話は結婚して、子どもが八人(!)生まれています。^^
少しでもお楽しみいただけましたら、☆☆☆☆☆での評価やブックマークで応援していただけると嬉しいです。
皆さまからの応援が、今後の更新の大きな原動力になります!
どうぞよろしくお願いいたします。




