↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【連作短編054】 蟻 全37話 ―悲しみの有無、不明―  作者: マチャオ (Machao)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/37

第九話 再開:体が場所に合った。二週間前より知っていた。

体が場所に合った。二週間前より知っていた。

 二週間後、委員会から許可が出た。

 条件は三つだった。村瀬による常時監視、六十分の上限、週一回まで。

 夏生はすべてに同意した。


 村瀬に連絡した。

「明日、入ります」

 返信が来た。

「わかりました」

 それだけだった。以前なら何か言っただろうと、夏生は思った。何を言っただろうか、思い出せなかった。


---


 二週間、装置には触れなかった。

 触れなかったが、土の匂いは続いた。

 毎朝、目が覚めると少しあった。昼には薄くなった。夜、眠る前にまた戻った。

 記録した。《匂い、朝・夜に強。昼に減弱。概日リズムに連動?》

 連動している理由がわからなかった。考えるほど、わからなかった。


 ハルは毎晩来た。

 装置の椅子には、もう乗らなかった。


---


 翌朝、村瀬が来た。

 いつもより早かった。モニターの確認を黙々とした。夏生は装置の電極を点検した。二週間ぶりだった。手が覚えていた。


「先生」

「何」

「二週間、どうでしたか」

 夏生は少し考えた。

「長かった」

 村瀬は何も言わなかった。

「匂いは続いてた」

「わかってます。ログ送ってもらいましたから」

「そうだったな」


 準備が終わった。

 村瀬がモニターの前に座った。

「いつでも」

 夏生はヘルメットを被った。


---


 土の中に入った瞬間、体が緩んだ。


 緩んだ。

 それが正確な言葉だった。力が抜けたのではなかった。合った。体が、場所に、合った。


 匂いを知っていた。通路を知っていた。壁の感触を知っていた。

 二週間前より、知っていた。


 体が動き出した。列に混じった。餌場へ向かう列だった。

 外に出た。光がうるさかった。影から影へ動いた。

 種子を拾った。重さを知っていた。この重さだ、と思った。


 思った。

 夏生が思った。

 アリの体で、夏生が思った。

 以前は区別できなかった。今も区別できなかった。ただ、以前より気にならなかった。


---


 帰路で、一匹が倒れた。

 第一回のときと同じだった。

 列は止まらなかった。


 夏生も止まらなかった。

 通り過ぎた。


 通り過ぎながら、見た。

 七本足だった。今回は前脚が一本なかった。腹部が動いていた。

 それだけ確認して、前を向いた。


 第一回は、通り過ぎることに何かがあった。

 今回は、なかった。

 なかったことを、夏生は巣に戻ってから気づいた。


---


 四十分が過ぎたころ、幼虫室の前を通った。

 入らなかった。匂いが呼んでいなかった。


 通路の分岐で、止まった。

 右と左、どちらにも匂いがあった。右は餌場。左は、前に行ったことがない方向だった。

 体が左に向いた。


 夏生は右に向いた。

 体が左に向いた。

 もう一度、右に向こうとした。

 向けなかった。


 左へ進んだ。


---


 新しい通路だった。

 匂いが違った。饐えた層の下に、別の何かがあった。乾いた、古い匂いだった。

 通路が広くなった。


 部屋があった。


 アリがいた。動いていなかった。

 最初、解体室だと思った。違った。

 解体されていなかった。ただ、置かれていた。

 何十匹も、壁に沿って、置かれていた。


 死んでいた。


 腐っていなかった。乾いていた。ずっと前に死んで、そのまま置かれていた。

 働きアリが数匹、部屋の中を動いていた。清掃しているのか、確認しているのか、わからなかった。


 夏生は入口から見ていた。

 体が入ろうとしなかった。匂いが呼んでいなかった。

 ただ、見ていた。


 ここに来ることを、巣は知っていたのか。

 知っていて、呼んだのか。

 それとも偶然だったのか。


 答えは出なかった。


---


 装置が切れた。六十分だった。


 研究室の天井が見えた。

 夏生はしばらく天井を見ていた。


「先生」と村瀬が言った。「今回、分岐で一度止まりましたね」

「そうだ」

「右に行こうとしましたか」

「そうだ」

「行けませんでしたか」

 夏生は少し考えた。

「行けなかったのか、行かなかったのか、わからなかった」


 村瀬は何も言わなかった。

 モニターのデータを保存した。


---


 ノートに書いた。

 《第七回。新区画発見。死体保管室と思われる。腐敗なし、乾燥状態で保存。》

 次の行。

 《巣は死を捨てない。》

 次の行。

 《第一回、倒れた個体を通り過ぎた際、今回は何も感じなかった。》


 ペンが止まった。

 長い時間、止まった。


 もう一行書いた。

 《これが慣れなのか、同化なのか、判断できない。》


 ハルが来た。膝に乗った。

 夏生はハルを見なかった。

 ノートを見ていた。

慣れなのか、同化なのか、判断できない。

巣は死を捨てなかった。

夏生はノートを見ていた。ハルを見なかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。