第九話 再開:体が場所に合った。二週間前より知っていた。
体が場所に合った。二週間前より知っていた。
二週間後、委員会から許可が出た。
条件は三つだった。村瀬による常時監視、六十分の上限、週一回まで。
夏生はすべてに同意した。
村瀬に連絡した。
「明日、入ります」
返信が来た。
「わかりました」
それだけだった。以前なら何か言っただろうと、夏生は思った。何を言っただろうか、思い出せなかった。
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二週間、装置には触れなかった。
触れなかったが、土の匂いは続いた。
毎朝、目が覚めると少しあった。昼には薄くなった。夜、眠る前にまた戻った。
記録した。《匂い、朝・夜に強。昼に減弱。概日リズムに連動?》
連動している理由がわからなかった。考えるほど、わからなかった。
ハルは毎晩来た。
装置の椅子には、もう乗らなかった。
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翌朝、村瀬が来た。
いつもより早かった。モニターの確認を黙々とした。夏生は装置の電極を点検した。二週間ぶりだった。手が覚えていた。
「先生」
「何」
「二週間、どうでしたか」
夏生は少し考えた。
「長かった」
村瀬は何も言わなかった。
「匂いは続いてた」
「わかってます。ログ送ってもらいましたから」
「そうだったな」
準備が終わった。
村瀬がモニターの前に座った。
「いつでも」
夏生はヘルメットを被った。
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土の中に入った瞬間、体が緩んだ。
緩んだ。
それが正確な言葉だった。力が抜けたのではなかった。合った。体が、場所に、合った。
匂いを知っていた。通路を知っていた。壁の感触を知っていた。
二週間前より、知っていた。
体が動き出した。列に混じった。餌場へ向かう列だった。
外に出た。光がうるさかった。影から影へ動いた。
種子を拾った。重さを知っていた。この重さだ、と思った。
思った。
夏生が思った。
アリの体で、夏生が思った。
以前は区別できなかった。今も区別できなかった。ただ、以前より気にならなかった。
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帰路で、一匹が倒れた。
第一回のときと同じだった。
列は止まらなかった。
夏生も止まらなかった。
通り過ぎた。
通り過ぎながら、見た。
七本足だった。今回は前脚が一本なかった。腹部が動いていた。
それだけ確認して、前を向いた。
第一回は、通り過ぎることに何かがあった。
今回は、なかった。
なかったことを、夏生は巣に戻ってから気づいた。
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四十分が過ぎたころ、幼虫室の前を通った。
入らなかった。匂いが呼んでいなかった。
通路の分岐で、止まった。
右と左、どちらにも匂いがあった。右は餌場。左は、前に行ったことがない方向だった。
体が左に向いた。
夏生は右に向いた。
体が左に向いた。
もう一度、右に向こうとした。
向けなかった。
左へ進んだ。
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新しい通路だった。
匂いが違った。饐えた層の下に、別の何かがあった。乾いた、古い匂いだった。
通路が広くなった。
部屋があった。
アリがいた。動いていなかった。
最初、解体室だと思った。違った。
解体されていなかった。ただ、置かれていた。
何十匹も、壁に沿って、置かれていた。
死んでいた。
腐っていなかった。乾いていた。ずっと前に死んで、そのまま置かれていた。
働きアリが数匹、部屋の中を動いていた。清掃しているのか、確認しているのか、わからなかった。
夏生は入口から見ていた。
体が入ろうとしなかった。匂いが呼んでいなかった。
ただ、見ていた。
ここに来ることを、巣は知っていたのか。
知っていて、呼んだのか。
それとも偶然だったのか。
答えは出なかった。
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装置が切れた。六十分だった。
研究室の天井が見えた。
夏生はしばらく天井を見ていた。
「先生」と村瀬が言った。「今回、分岐で一度止まりましたね」
「そうだ」
「右に行こうとしましたか」
「そうだ」
「行けませんでしたか」
夏生は少し考えた。
「行けなかったのか、行かなかったのか、わからなかった」
村瀬は何も言わなかった。
モニターのデータを保存した。
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ノートに書いた。
《第七回。新区画発見。死体保管室と思われる。腐敗なし、乾燥状態で保存。》
次の行。
《巣は死を捨てない。》
次の行。
《第一回、倒れた個体を通り過ぎた際、今回は何も感じなかった。》
ペンが止まった。
長い時間、止まった。
もう一行書いた。
《これが慣れなのか、同化なのか、判断できない。》
ハルが来た。膝に乗った。
夏生はハルを見なかった。
ノートを見ていた。
慣れなのか、同化なのか、判断できない。
巣は死を捨てなかった。
夏生はノートを見ていた。ハルを見なかった。




