第七話 監視:夏生の顔から、その人の輪郭が消えていた。
夏生の顔から、その人の輪郭が消えていた。
モニターに数字が並んでいた。
心拍、体温、皮膚電気反応、脳波の簡易指標。村瀬はそれを見ていた。夏生の体は椅子の上で動かなかった。
最初の三十分は正常だった。
心拍が少し低かった。緊張ではなく、慣れだと村瀬は思った。五回目の人間が慣れていく速度としては、早すぎる気もしたが、データの範囲内だった。
三十四分で、脳波が変わった。
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変わった、というより、落ち着いた。
村瀬はその変化を見て、最初は安定したと思った。
違うと気づいたのは、一分後だった。
人間が集中しているときの波形ではなかった。
人間が何かに同調しているときの波形だった。
村瀬には区別する言葉がなかった。ただ、見たことがない形だと思った。論文でも、教科書でも、見たことがなかった。
メモに書いた。時刻と数値だけ。
書きながら、モニターから目を離さなかった。
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四十一分で、皮膚電気が上がった。
上がり方が第三回に似ていた。解体室のときだ、と村瀬は思った。
指がキーボードに乗った。
心拍は安定していた。
体温は平常。
脳波は、さっきの波形のまま。
村瀬は切らなかった。
数字が範囲内だったから、ではなかった。
切ったとき、夏生が何を失うかを、考えてしまったからだった。
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五十分を過ぎたころ、夏生の手が動いた。
椅子の肘掛けを、指先が叩いた。規則的に。一定のリズムで。
止まった。また叩いた。止まった。
村瀬はその動きを見た。
アリが触角を動かすときのリズムに似ていた。
第二回の潜入映像を、村瀬は何度か見ていた。だから知っていた。
「先生」と声に出しかけた。
やめた。
潜入中に外から声をかけることの影響が、まだわかっていなかった。
メモに書いた。《五十分経過。手指の無意識運動。触角様リズム。》
書いてから、その文字を見た。
消さなかった。
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六十分で、村瀬は切ることを決めた。
数字が崩れたからではなかった。
夏生の顔が、変わっていたからだった。
筋肉が弛緩していた。目は閉じていた。口が少し開いていた。それだけなら眠っているように見えた。
違ったのは、表情だった。
表情がなかった。
人が眠るとき、顔には何かが残る。力が抜けても、その人の輪郭が残る。
夏生の顔に、それがなかった。
村瀬は切った。
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夏生が戻ってきた。
目を開けた。天井を見た。ゆっくりと息を吐いた。
村瀬は何も言わなかった。
夏生が村瀬を見た。
「切ったのか」
「はい」
「何分だ」
「六十分です」
夏生はそれ以上聞かなかった。ノートに手を伸ばした。
村瀬は言った。
「先生、五十分過ぎから、手が動いてました」
夏生の手が止まった。
「どんなふうに」
「叩いてました。一定のリズムで」
夏生は自分の手を見た。右手の人差し指と中指を、交互に見た。
「そうか」
「先生」
「何」
「自分では、気づいてましたか」
夏生は少し考えた。
「いいや」
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村瀬が帰る前に、ドアのところで振り返った。
「先生、一つ聞いていいですか」
「何」
「今、土の匂い、しますか」
夏生は答えなかった。
すぐには答えなかった。
「少し」と言った。
村瀬はうなずいた。何もうなずく理由はなかったが、うなずいた。ドアを閉めた。
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一人になってから、夏生はノートを開いた。
今日の日付。
《第六回。六十分で村瀬が切断。脳波変容、四十分前後。手指運動、自覚なし。》
次の行。
《村瀬の判断は正しかった。》
次の行。
《続けたかった。》
ハルが来た。
膝ではなく、足元に座った。夏生を見上げた。
夏生はハルを見た。
「何を見ている」
ハルは答えなかった。
目を細めた。
それだけだった。
村瀬は数字ではなく、顔を見て切断を決めた。
続けたかった、とノートに書いた夏生。
監視する側と、される側。
どちらが何を見ていたのか。




