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【連作短編054】 蟻 全37話 ―悲しみの有無、不明―  作者: マチャオ (Machao)


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第三十五話 選択、再び:「先生、それ、一番正直な答えだと思います」

「先生、それ、一番正直な答えだと思います」

 村瀬の夢が続いた。

 毎晩だった。

 匂いは五で止まっていた。上がらなかった。下がらなかった。


 夏生は毎日記録した。

 村瀬が送ってくる数字を、表に入れた。

 五、五、五、五。

 変わらなかった。


 変わらないことが、良いのか悪いのか、わからなかった。


---


 十日目に、村瀬が来た。

「先生、一つ聞いていいですか」

「何だ」

「先生は、また入ろうと思っていますか」

 夏生は村瀬を見た。

「なぜそれを聞く」

「なんとなくです。先生の顔が、そういう顔に見えます」

 夏生は何も言わなかった。

「思っていますか」

「考えている」

 村瀬はしばらく黙った。

「止めません」と言った。

「止めなくていい」

「でも」村瀬は夏生を見た。「一つだけ教えてください。なぜ入ろうと思っているのか」


 夏生はしばらく考えた。

「村瀬が夢の中で読まれている。田所はコロニーと繋がった。私は手前にいる」

「それが理由ですか」

「手前にいる理由が、怖かったからなのか、観察者だったからなのか、まだわからない」

「どちらだと思いますか」

 夏生は少し考えた。

「両方だったと思う。今は、どちらか確かめたい」

「確かめて、どうするんですか」

「わからない」

 村瀬は少し笑った。

「先生、それ、一番正直な答えだと思います」


---


 翌日、委員会に書類を出した。

 被験者として夏生自身が再度入ること。

 一回限り。

 村瀬が監視すること。


 三日後、委員会から返答が来た。

 「条件付きで承認。四十分上限。村瀬氏の常時監視必須。事後報告を速やかに提出すること」


 夏生は一度読んで、村瀬に転送した。

 返信が来た。

「わかりました。いつにしますか」

「明後日」

「わかりました」

 少し間があった。

「先生」

「何」

「怖いですか」

 夏生は少し考えた。

「少し」

「よかったです」と村瀬は言った。


---


 前日の夜、夏生は装置の前に座った。

 ヘルメットを手に取った。

 重さを確かめた。


 最後に入ったのは、十回目だった。三時間の回だった。戦闘の回だった。

 今回は四十分。

 何が違うのか、何が同じなのか、まだわからなかった。


 ハルが来た。

 装置の椅子に乗った。

 夏生を見た。


 夏生はハルを見た。

「また座ったな」


 ハルは動かなかった。


「どかないのか」


 ハルは動かなかった。

 ただ、夏生を見ていた。


 夏生はヘルメットを置いた。

 ハルの隣に手を置いた。

 ハルは逃げなかった。

 温かかった。


「お前は何を知っている」


 ハルは答えなかった。

 目を細めた。

 少し、頭を夏生の手に押しつけた。

 それだけだった。


 夏生はしばらく、そのままでいた。

 ヘルメットをもう一度手に取った。

 持ったまま、しばらくいた。

 置いた。


 明日でいい、と思った。


---


 ノートを開いた。

 今日の日付。

 《明日、入る。》


 その四文字を見た。

 第一回の前夜には、何も書かなかった。

 今回は、四文字だけ書いた。


 次の行に何か書こうとした。

 やめた。


 四文字だけで、今夜は十分だった。


 ハルが装置の椅子から降りた。

 夏生の膝に来た。

 乗った。


 夏生はノートを閉じた。

 ハルの背中に手を置いた。

 温かかった。

 土の匂いがした。

 一だった。

 変わらなかった。

 ずっと変わらなかった。


 それが今夜は、少し、心強かった。

夏生は、もう一度入ると決めました。

理由を聞かれて、「わからない」と答えます。

四文字だけ、ノートに書きました。

ハルは装置の椅子に座って、動きませんでした。

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