第三十四話 縁:読まれながら、こちらも読んでいる気がします
読まれながら、こちらも読んでいる気がします
村瀬から連絡が来なくなったのは、田所が来た翌週だった。
最初の三日は、気にしなかった。
四日目に、夏生から連絡した。
「どうしている」
返信が来なかった。
夜に来た。
「すみません、少し待ってください」
待った。
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六日目に、村瀬が来た。
顔色が悪かった。第八回の後よりも悪かった。
椅子に座った。すぐには話さなかった。
夏生は何も聞かなかった。
ハルが来た。
村瀬の足元に来た。村瀬は見なかった。
しばらくして、村瀬が言った。
「先生、夢が続いています」
「土の中か」
「はい。毎晩です」
「匂いは」
「四か五です。上がってます」
夏生は村瀬を見た。
「眠れているか」
「少し」
「それだけか」
「起きているときも、匂いがします。昨日から」
夏生は何も言わなかった。
「先生が、最初にそうなったときと、似ていますか」
「似ている」と夏生は言った。「ただ、私より速い」
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「夢の中で、また触角を伸ばされましたか」と夏生は聞いた。
「はい。毎晩」
「同じ個体か」
「わかりません。暗くて」村瀬は少し間を置いた。「ただ、慣れてきました」
「慣れた」
「はい。最初は怖かったです。今は怖くないです」
夏生は少し止まった。
怖くなくなった。
田所は最初から怖くなかった。
村瀬は怖くなくなった。
「慣れた、というのは」
「読まれることに、です」村瀬は夏生を見た。「読まれながら、こちらも読んでいる気がします」
「お前が触角を伸ばしているのか」
「夢の中では、そうかもしれません」
夏生は何も言えなかった。
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「先生」と村瀬は言った。
「何」
「私、大丈夫ですか」
夏生は村瀬を見た。
村瀬の目が、少し違った。
怖がっていなかった。
怖がっていないことが、今の村瀬には自然だった。
「大丈夫だ」と夏生は言った。
「本当ですか」
「本当かどうかは、わからない」
村瀬は少し笑った。
「先生らしいです」
「ただ」と夏生は言った。「お前はまだ、ここにいる」
「ここ、というのは」
「この部屋に来た。私の顔を見た。それだけで十分だ」
村瀬はしばらく、夏生を見た。
「先生は、私が来なくなると思いましたか」
夏生は少し考えた。
「少し、思った」
「六日間で」
「そうだ」
村瀬は何も言わなかった。
少し、目が赤くなった。
「来ました」と言った。
「そうだ」と夏生は言った。
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夕方、村瀬が帰った。
ドアが閉まった。
いつもの音だった。
夏生はノートを開いた。
今日の日付。
《村瀬、匂い四~五。起床時も持続。夢、毎晩。触角を伸ばす側になりつつある。》
次の行。
《怖くなくなった。》
次の行を書こうとした。
止まった。
田所は最初から怖くなかった——深く、速く、繋がった。
村瀬は怖かったから止まれた——それでも今、怖くなくなっている。
夏生は怖かった——まだ手前にいる。
三人が、また違う場所にいた。
次の行を書いた。
《村瀬を、止めるべきか。》
すぐ次の行を書いた。
《村瀬はもう入っていない。夢の中で、向こうから来ている。》
止める、という言葉の意味が、変わっていた。
装置を切ることではなかった。
夢を止めることは、できなかった。
ペンを置いた。
何もできることがなかった。
記録することだけが、残っていた。
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ハルが来た。
膝に乗った。
夏生はハルを見た。
「村瀬が来た」
ハルは答えなかった。
ただ、夏生を見た。
夏生はハルの背中に手を置いた。
温かかった。
生きていた。
匂いがした。
土の匂いではなかった。
ハルの匂いだった。
それだけだった。
それだけで、夏生はしばらく、動かなかった。
六日間、村瀬から連絡が途絶えました。
戻ってきた彼女は、もう怖がっていませんでした。
夏生は書きかけて、止まります。
止めるという言葉の意味が、変わっていました。
ハルは膝に乗って、夏生を見ていました。




