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【連作短編054】 蟻 全37話 ―悲しみの有無、不明―  作者: マチャオ (Machao)


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第三十四話 縁:読まれながら、こちらも読んでいる気がします

読まれながら、こちらも読んでいる気がします

 村瀬から連絡が来なくなったのは、田所が来た翌週だった。


 最初の三日は、気にしなかった。

 四日目に、夏生から連絡した。

「どうしている」

 返信が来なかった。

 夜に来た。

「すみません、少し待ってください」


 待った。


---


 六日目に、村瀬が来た。

 顔色が悪かった。第八回の後よりも悪かった。

 椅子に座った。すぐには話さなかった。


 夏生は何も聞かなかった。

 ハルが来た。

 村瀬の足元に来た。村瀬は見なかった。


 しばらくして、村瀬が言った。

「先生、夢が続いています」

「土の中か」

「はい。毎晩です」

「匂いは」

「四か五です。上がってます」

 夏生は村瀬を見た。

「眠れているか」

「少し」

「それだけか」

「起きているときも、匂いがします。昨日から」

 夏生は何も言わなかった。

「先生が、最初にそうなったときと、似ていますか」

「似ている」と夏生は言った。「ただ、私より速い」


---


「夢の中で、また触角を伸ばされましたか」と夏生は聞いた。

「はい。毎晩」

「同じ個体か」

「わかりません。暗くて」村瀬は少し間を置いた。「ただ、慣れてきました」

「慣れた」

「はい。最初は怖かったです。今は怖くないです」

 夏生は少し止まった。

 怖くなくなった。

 田所は最初から怖くなかった。

 村瀬は怖くなくなった。

「慣れた、というのは」

「読まれることに、です」村瀬は夏生を見た。「読まれながら、こちらも読んでいる気がします」

「お前が触角を伸ばしているのか」

「夢の中では、そうかもしれません」


 夏生は何も言えなかった。


---


「先生」と村瀬は言った。

「何」

「私、大丈夫ですか」

 夏生は村瀬を見た。

 村瀬の目が、少し違った。

 怖がっていなかった。

 怖がっていないことが、今の村瀬には自然だった。


「大丈夫だ」と夏生は言った。

「本当ですか」

「本当かどうかは、わからない」

 村瀬は少し笑った。

「先生らしいです」

「ただ」と夏生は言った。「お前はまだ、ここにいる」

「ここ、というのは」

「この部屋に来た。私の顔を見た。それだけで十分だ」

 村瀬はしばらく、夏生を見た。

「先生は、私が来なくなると思いましたか」

 夏生は少し考えた。

「少し、思った」

「六日間で」

「そうだ」

 村瀬は何も言わなかった。

 少し、目が赤くなった。

「来ました」と言った。

「そうだ」と夏生は言った。


---


 夕方、村瀬が帰った。

 ドアが閉まった。

 いつもの音だった。


 夏生はノートを開いた。

 今日の日付。

 《村瀬、匂い四~五。起床時も持続。夢、毎晩。触角を伸ばす側になりつつある。》

 次の行。

 《怖くなくなった。》

 次の行を書こうとした。


 止まった。


 田所は最初から怖くなかった——深く、速く、繋がった。

 村瀬は怖かったから止まれた——それでも今、怖くなくなっている。

 夏生は怖かった——まだ手前にいる。


 三人が、また違う場所にいた。


 次の行を書いた。

 《村瀬を、止めるべきか。》

 すぐ次の行を書いた。

 《村瀬はもう入っていない。夢の中で、向こうから来ている。》


 止める、という言葉の意味が、変わっていた。

 装置を切ることではなかった。

 夢を止めることは、できなかった。


 ペンを置いた。

 何もできることがなかった。

 記録することだけが、残っていた。


---


 ハルが来た。

 膝に乗った。

 夏生はハルを見た。


「村瀬が来た」


 ハルは答えなかった。

 ただ、夏生を見た。


 夏生はハルの背中に手を置いた。

 温かかった。

 生きていた。


 匂いがした。

 土の匂いではなかった。

 ハルの匂いだった。

 それだけだった。

 それだけで、夏生はしばらく、動かなかった。

六日間、村瀬から連絡が途絶えました。

戻ってきた彼女は、もう怖がっていませんでした。

夏生は書きかけて、止まります。

止めるという言葉の意味が、変わっていました。

ハルは膝に乗って、夏生を見ていました。

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