第三話 解体:外傷はなかった。それでも、解体された。
三回目の潜入です。
今回は、見てはいけないものを見ました。
潜入前に、助手の村瀬から連絡が来た。
「フェロモン模倣信号、昨日のデータ見ました。微妙にずれてます。誤差範囲内ですけど」
「どのくらい」
「〇・三パーセント。たぶん問題ないです」
夏生は少し考えた。
「入る」
村瀬は何も言わなかった。
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三回目の土の中は、静かだった。
通路を進むと、分岐で兵アリが触角を伸ばした。前回と同じ動作。一秒、二秒。
通った。
幼虫室を抜けた。女王室の手前の通路に、今日は別の部屋があることに気づいた。気づいた、というより、そちらへ向かう匂いがあった。体が従った。
部屋は小さかった。
中に、七匹いた。
全員、動いていなかった。
違う。動けなかった。
壁に押しつけられていた。他の個体に。押しつけながら、顎が動いていた。
解体されていた。
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一匹を見た。
外傷はなかった。脚は六本あった。触角も無事だった。それでも動けなかった。動こうとしていた。脚が微かに、規則的に動いていた。それでも離してもらえなかった。
解体する側は、休まなかった。
感情がなかった。正確には、感情があるかどうかを考える前に、顎が動いていた。
巣が命じていた。命じているのは誰でもなかった。匂いだった。この個体は不要だ、という匂いが出ていた。だから解体された。
夏生は動けなかった。
体が動けなかったのではなかった。見ていた。
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そのとき、触角が来た。
後ろからだった。解体係の一匹が、夏生の背中に触角を当てた。
読んでいた。
夏生の体を、読んでいた。
一秒。
二秒。
三秒。
解体係の顎が、ゆっくり開いた。
体が動いた。夏生の意志ではなかった。逃げるという判断より先に、脚が動いた。通路へ出た。走った。匂いの濃い方へ、女王の匂いのある方へ、体が逃げた。
後ろに気配があった。
あった、と思った。
振り返れなかった。
兵アリの立つ分岐まで戻ったとき、追跡は止まっていた。
夏生は止まった。触角が震えていた。体の震えだった。
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装置を切った。自分で切った。タイムリミットより十七分早かった。
研究室の椅子の上で、夏生はしばらく動かなかった。
ハルが来なかった。珍しかった。部屋の隅で、丸くなっていた。
村瀬から着信があった。出なかった。
五分後にメッセージが来た。「大丈夫ですか バイタル乱れてたので」
夏生はノートを開いた。
ペンを持った。
何も書けなかった。
一分ほどして、一行だけ書いた。
《〇・三パーセントのずれ。たぶん問題なかった。》
たぶん、に二重線を引いた。
消しはしなかった。
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解体されていた個体に、外傷はなかった。
脚は六本あった。
それでも、巣は不要だと判断した。
夏生はその理由を調べるつもりだった。データを、フェロモンの記録を、解析するつもりだった。
ただその夜は、できなかった。
机の引き出しを開けた。父の論文が見えた。閉めた。
ハルが部屋の隅から来て、夏生の足に頭を押しつけた。
さっきは来なかったくせに、と思った。
声には出さなかった。
《〇・三パーセントのずれ。たぶん問題なかった。》
「たぶん」に二重線を引いて、消しはしなかった。
夏生のこういうところが、好きです。




