第二十三話 次:村瀬が知らない夏生が、四つあった。
村瀬が知らない夏生が、四つあった。
委員会から返答が来た。
「被験者の変更を検討されたい。現行の研究代表者および現助手以外の候補を提示すること」
夏生は一度読んで、閉じた。
開いた。もう一度読んだ。
閉じた。
候補がいなかった。
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翌日、村瀬が来た。
久しぶりだった。顔色が普通だった。
「先生、委員会から連絡来ましたか」
「来た」
「私も来ました。被験者として不適切だと」
「そうだ」
村瀬は椅子を引いた。座った。
「先生、正直に聞いていいですか」
「何」
「研究、続けられると思いますか」
夏生は少し考えた。
「わからない」
「わからない、というのは」
「候補がいない。私も入れない。お前も入れない。他に入れる人間がいるかどうか」
「先生が入れないのは、委員会の条件ですか」
「そうだ」
「条件がなければ入りますか」
夏生は答えなかった。
村瀬はそれ以上聞かなかった。
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しばらく、二人とも黙っていた。
ハルが村瀬の足元に来た。村瀬が見た。
「この猫、最近どうですか」
「どうとは」
「変わりましたか。先生の様子が変わるにつれて」
夏生は村瀬を見た。
「なぜそれを聞く」
「ずっと気になってました。この猫だけ、何かを知っているみたいで」
夏生は少し考えた。
「わからない」
「先生にもわからないんですか」
「そうだ」
村瀬はハルを見た。ハルは村瀬を見なかった。夏生を見ていた。
「来歴は」
「知らない。三年前に非常口の前にいた」
「三年前」
「そうだ。研究を始める少し前だった」
村瀬は何も言わなかった。
夏生も何も言わなかった。
ハルは夏生を見ていた。
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村瀬が帰った後、夏生はノートを開いた。
まだ話していないことが、残っていた。
夢の中の回。一人で入った回。女王と目が合った時間。
紙に書いた。
ノートではなく、別の紙に。
箇条書きにした。日付と、内容だけ。
書きながら、数えた。
話していないことが、四つあった。
村瀬が知らない夏生が、四つあった。
紙を折った。
ノートの間に挟んだ。
村瀬に渡すかどうかは、まだ決めていなかった。
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夜、装置の前に座った。
今日は触れた。
ヘルメットを手に取った。
持った。
重さを確かめた。
置いた。
土の匂いがした。
一だった。
変わらなかった。
ハルが来た。
装置の椅子に乗った。
夏生を見た。
「また座ったな」と夏生は言った。
ハルは動かなかった。
「お前が座ると、私は入れない」
ハルは目を細めた。
それだけだった。
夏生はしばらくハルを見た。
研究を始める少し前から、ここにいる。
三年間、ここにいる。
何を見てきたのか、夏生にはわからなかった。
何を知っているのかも、わからなかった。
ただ、ここにいた。
それだけは確かだった。
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翌朝、夏生は大学の掲示板を開いた。
研究協力者の募集要項を、下書きした。
「没入型生体模倣システムの被験者募集。詳細は面談にて」
書いてから、少し見た。
送信しなかった。
ノートを開いた。
折った紙がそこにあった。
取り出した。広げた。
四つの項目を読んだ。
一つ、消した。
夢の中の回。日付と内容を横線で消した。
これは渡さなくていい、と思った。
渡せない、ではなかった。
渡さなくていい、だった。
残りの三つを見た。
折って、戻した。
送信ボタンの上に指を置いた。
置いたまま、しばらくいた。
押した。
委員会の通告で、研究は岐路に立たされます。被験者がいない。夏生も村瀬も入れない。それでも夏生は「次」を探し、募集要項の送信ボタンを押します。
話せなかったことを紙に書き出し、一つだけ消す。渡せないのではなく、渡さなくていい——その区別に、夏生という人間の静かな変化が滲んでいます。
ハルは三年前から、ここにいる。




