第二十一話 崩れ:止まれる。それでも止める。
止まれる。それでも止める。
八回目の後、村瀬が動かなかった。
装置を切った。目を開けた。天井を見た。そこで止まった。
息は正常だった。心拍も平常に戻っていた。
ただ、起き上がらなかった。
夏生は待った。
一分。二分。
「村瀬」
返事がなかった。
「村瀬」
「はい」と村瀬は言った。声は正常だった。「少し待ってください」
夏生は待った。
五分後、村瀬が起き上がった。
夏生を見た。目が赤かった。泣いていたのか、充血していたのか、わからなかった。
「何があった」
「わかりません」
「巣の中で」
「巣の中では、何もなかったです」村瀬は少し間を置いた。「戻ってきてから、です」
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村瀬はしばらく、床を見ていた。
夏生は何も言わなかった。
「体が重かったです」と村瀬は言った。
「戻ってから」
「はい。重いというか、大きすぎる感じ」
夏生は何も言わなかった。
「先生も、そうでしたか」
「そうだった」
「いつ頃」
「五回目か、六回目の後だったと思う」
村瀬はうなずいた。うなずいてから、少し笑った。笑い方がおかしかった。
「先生と同じところに来たんですね」
「そうかもしれない」
「あの頃の先生は、こんな感じでしたか」
夏生は少し考えた。
「もう少しひどかった」
「ひどかった」
「鏡を見て、顔が多いと思った」
村瀬は夏生を見た。
「多い」
「器官が、必要以上にあると思った。一度だけ」
村瀬は少し間を置いた。
「私はまだそこまでじゃないです」
「そうだ」と夏生は言った。「だから今日で止める」
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村瀬は何も言わなかった。
長い沈黙だった。
「止める、というのは」
「潜入を止める。お前の」
「研究はどうなりますか」
「私が考える」
「私が止めたら、データが途切れます」
「わかってる」
「先生は」村瀬は夏生を見た。「また入るつもりですか」
夏生は答えなかった。
「委員会の条件があります」
「わかってる」
「先生」
「何」
「私が止まれないと思いますか」
夏生は少し考えた。
「止まれる。ただ、止めた方がいい」
「どちらですか」村瀬の声が少し高くなった。「止まれないから止めるのか、止まれるけど止めるのか」
「止まれる。それでも止める」
村瀬はしばらく黙った。
「わかりました」と言った。
声が平らだった。
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村瀬が帰った。
ドアが閉まった。
いつもより静かに閉まった。
夏生はモニターの前に座った。
八回目のデータを開いた。
波形を見た。
深かった。
自分の記録と並べた。
自分の八回目。
一人で入った回だった。三時間の回だった。戦闘の回だった。
並べた。
村瀬の八回目の方が、深かった。
夏生は画面を閉じた。
村瀬には言わなかった。
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夜、ハルが来た。
膝に乗った。
夏生はハルの背中に手を置いた。
止めた。
正しかったかどうか、わからなかった。
ただ、止めた。
ノートを開いた。
今日の日付。
《八回目。切断後、村瀬、起立不能、五分。「体が大きすぎる」と発言。》
次の行。
《潜入を中止させた。》
次の行。
《村瀬には言わなかったことがある。》
三行目を少し見た。
消さなかった。
ハルが動いた。
膝から降りた。
装置の方へ歩いた。
座った。
夏生を見た。
夏生はハルを見た。
何も言わなかった。
ハルも何も言わなかった。
ただ、見ていた。
八回目、村瀬は五分間、起き上がれなかった。体が大きすぎる。その言葉を聞いて、夏生は止めた。止めた理由を全部は言わなかった。夜、ハルが装置の前に座って、夏生を見た。




