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【連作短編054】 蟻 全37話 ―悲しみの有無、不明―  作者: マチャオ (Machao)


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第二十一話 崩れ:止まれる。それでも止める。

止まれる。それでも止める。

 八回目の後、村瀬が動かなかった。


 装置を切った。目を開けた。天井を見た。そこで止まった。

 息は正常だった。心拍も平常に戻っていた。

 ただ、起き上がらなかった。


 夏生は待った。

 一分。二分。

「村瀬」

 返事がなかった。

「村瀬」

「はい」と村瀬は言った。声は正常だった。「少し待ってください」

 夏生は待った。


 五分後、村瀬が起き上がった。

 夏生を見た。目が赤かった。泣いていたのか、充血していたのか、わからなかった。


「何があった」

「わかりません」

「巣の中で」

「巣の中では、何もなかったです」村瀬は少し間を置いた。「戻ってきてから、です」


---


 村瀬はしばらく、床を見ていた。

 夏生は何も言わなかった。


「体が重かったです」と村瀬は言った。

「戻ってから」

「はい。重いというか、大きすぎる感じ」

 夏生は何も言わなかった。

「先生も、そうでしたか」

「そうだった」

「いつ頃」

「五回目か、六回目の後だったと思う」

 村瀬はうなずいた。うなずいてから、少し笑った。笑い方がおかしかった。

「先生と同じところに来たんですね」

「そうかもしれない」

「あの頃の先生は、こんな感じでしたか」

 夏生は少し考えた。

「もう少しひどかった」

「ひどかった」

「鏡を見て、顔が多いと思った」

 村瀬は夏生を見た。

「多い」

「器官が、必要以上にあると思った。一度だけ」

 村瀬は少し間を置いた。

「私はまだそこまでじゃないです」

「そうだ」と夏生は言った。「だから今日で止める」


---


 村瀬は何も言わなかった。

 長い沈黙だった。


「止める、というのは」

「潜入を止める。お前の」

「研究はどうなりますか」

「私が考える」

「私が止めたら、データが途切れます」

「わかってる」

「先生は」村瀬は夏生を見た。「また入るつもりですか」

 夏生は答えなかった。

「委員会の条件があります」

「わかってる」

「先生」

「何」

「私が止まれないと思いますか」

 夏生は少し考えた。

「止まれる。ただ、止めた方がいい」

「どちらですか」村瀬の声が少し高くなった。「止まれないから止めるのか、止まれるけど止めるのか」

「止まれる。それでも止める」

 村瀬はしばらく黙った。

「わかりました」と言った。

 声が平らだった。


---


 村瀬が帰った。

 ドアが閉まった。

 いつもより静かに閉まった。


 夏生はモニターの前に座った。

 八回目のデータを開いた。

 波形を見た。


 深かった。

 自分の記録と並べた。

 自分の八回目。

 一人で入った回だった。三時間の回だった。戦闘の回だった。


 並べた。

 村瀬の八回目の方が、深かった。


 夏生は画面を閉じた。

 村瀬には言わなかった。


---


 夜、ハルが来た。

 膝に乗った。

 夏生はハルの背中に手を置いた。


 止めた。

 正しかったかどうか、わからなかった。

 ただ、止めた。


 ノートを開いた。

 今日の日付。

 《八回目。切断後、村瀬、起立不能、五分。「体が大きすぎる」と発言。》

 次の行。

 《潜入を中止させた。》

 次の行。

 《村瀬には言わなかったことがある。》


 三行目を少し見た。

 消さなかった。


 ハルが動いた。

 膝から降りた。

 装置の方へ歩いた。

 座った。

 夏生を見た。


 夏生はハルを見た。

 何も言わなかった。

 ハルも何も言わなかった。

 ただ、見ていた。

八回目、村瀬は五分間、起き上がれなかった。体が大きすぎる。その言葉を聞いて、夏生は止めた。止めた理由を全部は言わなかった。夜、ハルが装置の前に座って、夏生を見た。

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