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【連作短編054】 蟻 全37話 ―悲しみの有無、不明―  作者: マチャオ (Machao)


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第二十話 深度:止めたいかどうかじゃない。止めるべきかどうか、だ。

波形は越えていた。匂いは越えていなかった。

 七回目の前に、夏生は村瀬に言った。

「今日は四十分で切る」

「なぜですか」

「波形が深くなってる。六回目は私の記録を超えた」

 村瀬は少し間を置いた。

「超えた、というのは」

「同じ回数で比べると、お前の方が速い」

「速い」

「同化が、速い」

 村瀬は何も言わなかった。

「止めるわけじゃない。今日は短くする」

「わかりました」


---


 四十分で切った。

 村瀬が戻ってきた。

 目を開けた。天井を見た。息を吐いた。


「今回は途中で切られました」

「そうだ」

 村瀬は起き上がった。夏生を見た。

「先生、私は大丈夫です」

「そう見えない」

「どう見えますか」

 夏生は少し考えた。

「速すぎる」

「先生も速かったんじゃないですか」

「私より速い」

 村瀬は何も言わなかった。


---


 帰り際、村瀬が言った。

「先生、一つだけ聞いていいですか」

「何」

「先生は、止めたいですか。私の潜入を」

 夏生は答えなかった。

「止めたいなら、止めてください。従います」

「止めたいかどうかじゃない」

「じゃあ何ですか」

「止めるべきかどうか、だ」

 村瀬は少し考えた。

「違いがありますか」

「ある」と夏生は言った。「私が止めたいと思うのは、お前が心配だからだ。止めるべきかどうかは、研究として判断することだ」

「どちらが勝ちますか」

 夏生は答えなかった。

 村瀬はそれ以上聞かなかった。


---


 夜、データを開いた。

 七回目の波形を見た。

 深かった。

 自分の七回目と並べた。


 越えていた。

 深さだけではなかった。

 持続時間も、変容のタイミングも、全部が自分の七回目を越えていた。


 夏生は画面を閉じた。

 開いた。

 もう一度見た。

 変わらなかった。


 ノートを開いた。

 今日の日付。

 《七回目。四十分で切断。波形、全指標で先行を上回る。》

 次の行を書こうとした。


 書けなかった。


 「先行」という言葉を見た。

 自分のことを「先行」と書いた。

 研究者の言葉だった。

 正確だった。

 正確すぎた。


---


 翌朝、村瀬から連絡が来た。

「昨夜、土の匂いがしました」

 夏生はしばらく、その文字を見た。

「強さは」と返信した。

「三か四だと思います」

「初回から何日目だ」

「四十二日です」

 夏生は自分の記録を探した。

 初回から四十二日目。

 六だった。

 自分は六だった。


 村瀬は三か四だった。

 波形は越えていた。

 匂いは越えていなかった。


 何かが違った。

 どこかがずれていた。

 それが何を意味するのか、まだわからなかった。


 返信した。

「記録しておけ」

 村瀬からすぐ返信が来た。

「してます」


 夏生はその二文字を見た。

 してます。

 自分が育てたのか、巣が育てたのか、わからなかった。

 どちらも正しい気がした。

七回目、夏生は四十分で切りました。

村瀬の波形は、夏生を越えていました。

匂いは、越えていませんでした。

自分を「先行」と書いたノートの一行は、正確すぎました。

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