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【連作短編054】 蟻 全37話 ―悲しみの有無、不明―  作者: マチャオ (Machao)


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第十九話 波形:怖かったからじゃないですか。

怖かったからじゃないですか。

 六回目の後だった。

 村瀬が報告した。

「解体室に行きました」


 夏生は顔を上げた。

「行くなとは言わなかったが」

「はい。行きました」

「どうだった」

 村瀬は少し考えた。

「記録できました」

 それだけ言った。


 夏生は村瀬を見た。

 第三回の自分を思い出した。記録できなかった夜を。

 村瀬は六回目で、記録できた。


「怖かったか」

「怖かったです。でも、止まれました」

「止まれた」

「先生は止まれませんでしたよね、第三回」

「そうだ」

「なぜ今回止まれたかは、わかりません。ただ、止まれました」

 夏生は何も言わなかった。


---


 村瀬が帰り際に、振り返った。

「先生、一つ聞いていいですか」

「何」

「私の波形、見ましたか。初回の」

 夏生は少し止まった。

「見た」

「先生の波形と、似てましたか」

 夏生は村瀬を見た。

 村瀬は目を逸らさなかった。

「なぜそれを聞く」

「先生が何も言わなかったからです。似ていたら何か言うと思いました。言わなかったから、似ていたんだと思いました」


 夏生はしばらく何も言わなかった。

「第七回と、ほぼ同じだった」

 村瀬は何も言わなかった。

「タイミングも、深さも」

「第七回というのは」

「村瀬が初めて切った回だ」

 村瀬は少し間を置いた。

「表情がなくなった回ですか」

「そうだ」

 また沈黙があった。

「それを、なぜ言わなかったんですか」

 夏生は少し考えた。

「言う意味がわからなかった」

「怖かったからじゃないですか」

 夏生は答えなかった。

 村瀬は待った。

「そうかもしれない」と夏生は言った。


---


 村瀬が出て行った。

 ドアが閉まった。


 夏生はノートを開いた。

 今日の日付。

 《波形の件、村瀬に話した。村瀬が先に気づいていた。》

 次の行。

 《私が隠していたのではなく、言えなかった。》

 次の行。

 《違いがあるかどうか、わからない。》


 ペンを置いた。

 波形の件は話した。

 まだ話していないことが、残っていた。


---


 その夜、夏生は第七回のデータを開いた。

 村瀬の初回と並べた。

 見た。

 やはり同じだった。


 次に、村瀬の六回目を開いた。

 並べた。


 ずれていた。

 初回よりずれていた。

 深さが違った。村瀬の六回目の方が、深かった。


 夏生は自分の記録を探した。

 六回目。村瀬が初めて切った回。

 並べた。


 似ていた。

 完全には一致しなかった。

 ただ、似ていた。


 夏生はしばらく、三つの波形を見た。

 自分の第七回。村瀬の初回。村瀬の六回目。

 村瀬の六回目の方が、深かった。

 夏生はその数字を、もう一度見た。

 見間違いではなかった。

村瀬の六回目、解体室。夏生が記録できなかった場所を、村瀬は止まって見た。そして帰り際、先に気づいていた。波形のことを。言えなかった理由を言い当てられた夜、夏生は三つの波形を並べた。村瀬の六回目は、深かった。

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