第十九話 波形:怖かったからじゃないですか。
怖かったからじゃないですか。
六回目の後だった。
村瀬が報告した。
「解体室に行きました」
夏生は顔を上げた。
「行くなとは言わなかったが」
「はい。行きました」
「どうだった」
村瀬は少し考えた。
「記録できました」
それだけ言った。
夏生は村瀬を見た。
第三回の自分を思い出した。記録できなかった夜を。
村瀬は六回目で、記録できた。
「怖かったか」
「怖かったです。でも、止まれました」
「止まれた」
「先生は止まれませんでしたよね、第三回」
「そうだ」
「なぜ今回止まれたかは、わかりません。ただ、止まれました」
夏生は何も言わなかった。
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村瀬が帰り際に、振り返った。
「先生、一つ聞いていいですか」
「何」
「私の波形、見ましたか。初回の」
夏生は少し止まった。
「見た」
「先生の波形と、似てましたか」
夏生は村瀬を見た。
村瀬は目を逸らさなかった。
「なぜそれを聞く」
「先生が何も言わなかったからです。似ていたら何か言うと思いました。言わなかったから、似ていたんだと思いました」
夏生はしばらく何も言わなかった。
「第七回と、ほぼ同じだった」
村瀬は何も言わなかった。
「タイミングも、深さも」
「第七回というのは」
「村瀬が初めて切った回だ」
村瀬は少し間を置いた。
「表情がなくなった回ですか」
「そうだ」
また沈黙があった。
「それを、なぜ言わなかったんですか」
夏生は少し考えた。
「言う意味がわからなかった」
「怖かったからじゃないですか」
夏生は答えなかった。
村瀬は待った。
「そうかもしれない」と夏生は言った。
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村瀬が出て行った。
ドアが閉まった。
夏生はノートを開いた。
今日の日付。
《波形の件、村瀬に話した。村瀬が先に気づいていた。》
次の行。
《私が隠していたのではなく、言えなかった。》
次の行。
《違いがあるかどうか、わからない。》
ペンを置いた。
波形の件は話した。
まだ話していないことが、残っていた。
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その夜、夏生は第七回のデータを開いた。
村瀬の初回と並べた。
見た。
やはり同じだった。
次に、村瀬の六回目を開いた。
並べた。
ずれていた。
初回よりずれていた。
深さが違った。村瀬の六回目の方が、深かった。
夏生は自分の記録を探した。
六回目。村瀬が初めて切った回。
並べた。
似ていた。
完全には一致しなかった。
ただ、似ていた。
夏生はしばらく、三つの波形を見た。
自分の第七回。村瀬の初回。村瀬の六回目。
村瀬の六回目の方が、深かった。
夏生はその数字を、もう一度見た。
見間違いではなかった。
村瀬の六回目、解体室。夏生が記録できなかった場所を、村瀬は止まって見た。そして帰り際、先に気づいていた。波形のことを。言えなかった理由を言い当てられた夜、夏生は三つの波形を並べた。村瀬の六回目は、深かった。




