第十八話 反転:見たものを記録できる準備だ。
見たものを記録できる準備だ。
村瀬の二回目は、一週間後だった。
今度は顔色が普通だった。早く来なかった。定刻に来た。
ヘルメットを自分で取った。手順を確認しなかった。体が覚えていた。
夏生はそれを見た。
二回目には気にならなかった、と自分が言った言葉を思い出した。
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二回目の五十分、村瀬は一度も手を動かさなかった。
心拍は初回より低かった。脳波の変容は十二分で起きた。初回より早かった。
夏生は記録した。
数字を見ながら、巣の中の村瀬を想像した。
どこにいるか、何をしているか、わかった。
体が知っていたから。
想像しながら、少し匂いがした。
二だった。
記録した。
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三回目から、村瀬は帰り際に報告するようになった。
短かった。
「今日は幼虫室まで行きました」
「どうだった」
「保育係が舐めてました。ずっと」
「そうだ」
「止まらないんですね」
「止まらない」
村瀬は少し考えた。
「悲しいとは思いませんでした」
夏生は村瀬を見た。
「思わなかったか」
「ただ、そういうものだと思いました」
夏生は何も言わなかった。
第一回のノートを思い出した。《悲しみの有無、不明。》
村瀬は三回目で、そこに自分なりの答えを出していた。
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四回目の後、村瀬が言った。
「先生、解体室って、どこですか」
「幼虫室を抜けて、左の分岐を進んだ先だ」
「まだ行ったことがないです」
「行かなくていい」
村瀬は少し間を置いた。
「行かなくていい、というのは」
「データとしては既にある。お前が行く必要はない」
「先生は行きましたか」
「そうだ」
「行って、どうでしたか」
夏生は少し考えた。
「わからなかった。今もわからない」
村瀬は何も言わなかった。
「行くなとは言わない」と夏生は言った。「ただ、準備してから行け」
「準備って」
「心の準備、ではない」と夏生は言った。「見たものを記録できる準備だ」
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五回目の後だった。
村瀬がモニターの前の夏生を見て、言った。
「先生、最近どうですか」
「どうとは」
「匂いとか」
夏生は少し笑った。
自分が何度も村瀬に同じことを聞いたことを思い出した。
「一か、ゼロだ」
「ゼロになることもあるんですか」
「最近はある」
村瀬はうなずいた。何かを考えている顔だった。
「村瀬、今は何段階だ」
村瀬は少し間を置いた。
「五です」
夏生は何も言わなかった。
自分の五回目のことを考えた。
女王室に入った回だった。
そして第七回の波形のことを考えた。
村瀬の初回の波形と、ほぼ同じだった波形を。
村瀬はまだ、それを知らなかった。
夏生はまだ、話していなかった。
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その夜、ノートを開いた。
村瀬の記録を書いた。五回分のデータを並べた。心拍の推移、脳波変容のタイミング、匂いの段階。
数字を見た。
自分の記録と、よく似ていた。
少しずれていた。
どこがずれているのか、なぜずれているのか、まだわからなかった。
次の行に書いた。
《村瀬の匂い、五回目で五。私の五回目は何段階だったか。》
記録を探した。
五回目の記録はなかった。
一人で入った回だった。村瀬が知らない回だった。バイタルがなかった。
ペンを置いた。
村瀬には話していないことが、まだあった。
夢の中の回。一人で入った回。女王と目が合った時間。
そして、初回の波形のこと。
村瀬が回数を重ねるにつれ、数字が夏生の軌跡に近づいていく。外から見る夏生は、かつての自分を村瀬の中に見る。村瀬の匂いが五になった夜、夏生はノートに書いた。まだ話していないことが、あった。




