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守るために婚約者を手放した王太子は、彼女がもう戻らないことを後から知る  作者: あめとおと


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第8話:誰かの言葉でしか届かないもの


 その日、王宮はいつもより騒がしかった。


 理由は単純。


 聖女の視察が予定されていたからだ。


 彼女は今や、国にとって欠かせない存在となっている。


 癒しの力。


 人々の支持。


 そして何より、“象徴”としての役割。


 誰もが彼女を中心に動く。


 ――それが、今の王宮だった。


「殿下!」


 明るい声が、廊下に響く。


 振り返るまでもない。


 その声の主は一人しかいない。


「どうなさったのですか? 最近、少しお疲れに見えます」


 聖女は、心配そうにこちらを見上げていた。


 屈託のない表情。


 悪意など、微塵も感じられない。


 だからこそ。


(……問題はない)


 そう判断する。


「気のせいだ」


「そうでしょうか……?」


 首を傾げる仕草。


 それすらも、どこか周囲を和ませる。


 彼女は、そういう存在だ。


「本日は視察でしたね」


 話題を変える。


「あ、はい! ご一緒していただけると聞いて、とても嬉しくて」


 無邪気に微笑む。


 その様子に、周囲の侍女や騎士たちもどこか安心したような空気を纏う。


 ――分かりやすい。


 誰からも好かれる理由が。


(……あの方とは、違う)


 ふと、そんな考えがよぎる。


 すぐに打ち消す。


 比較する必要はない。


 あれはもう、終わったことだ。


「行こう」


「はい!」


 並んで歩き出す。


 その光景は、誰の目にも“正しい姿”に映るだろう。


 王太子と聖女。


 国を導く二人。


 理想的な並び。


 だから。


(これでいい)


 そう、思うはずなのに。


 視察先での出来事が、その認識を揺らした。


 訪れたのは、王都近郊の療養院。


 聖女の力が最も求められる場所の一つ。


 彼女が現れるだけで、場の空気が変わる。


「すごい……本当に良くなってる」


 聖女は、患者たちの様子を見て素直に喜んでいた。


 その反応は自然で、嘘がない。


 だからこそ、人は彼女を信じる。


「ありがとう、聖女様」


「助かりました」


 次々と向けられる感謝の言葉。


 彼女はそれに、ひとつひとつ丁寧に応えていく。


 その姿を見ながら。


(……問題はない)


 再び、そう結論づける。


 この流れは正しい。


 国にとって、最も望ましい形。


 そう。


 何一つ――間違っていない。


 そのはずだった。


「……あれ?」


 不意に、聖女が足を止めた。


「どうした」


「あの方……」


 視線の先。


 療養院の片隅に、一人の老女が座っている。


 他の者たちとは違い、聖女の方を見ていない。


 静かに、窓の外を眺めているだけ。


「行ってみてもいいですか?」


「ああ」


 特に止める理由もない。


 聖女は、ゆっくりと老女に近づいた。


「お加減はいかがですか?」


 優しく声をかける。


 だが。


 老女は、ゆっくりと視線を向け――


「……違うね」


 ぽつりと、そう言った。


 場の空気が、わずかに止まる。


「え?」


 聖女が、きょとんとする。


「優しい声だ。あんたも、いい子なんだろうさ」


 老女は、穏やかに笑った。


 けれど。


「でもねぇ……違うんだよ」


「何が、ですか……?」


 戸惑う聖女に。


 老女は、少しだけ目を細めた。


「前に来てくれてたお嬢さん」


 その一言で。


 空気が、変わる。


「……お嬢さん?」


「ああ。静かで、あまり喋らない人だったけどね」


 ゆっくりと語られる言葉。


「触れられなくても、分かるんだよ」


 胸に手を当てる。


「ここが、楽になるんだ」


 その仕草に。


 なぜか、息が詰まる。


「何も言わないのに、不思議と安心できてねぇ」


 遠くを見るような目。


「まるで、“大丈夫ですよ”って言われてるみたいで」


 静かな、懐かしむ声。


「……あの人は、もう来ないのかい?」


 その問いに。


 誰も、すぐには答えられなかった。


 聖女は言葉を失い。


 周囲の者たちも沈黙する。


 だから。


「……来ない」


 代わりに、答えた。


 自分でも驚くほど、即座に。


「そうかい」


 老女は、ただ頷いた。


「なら、仕方ないねぇ」


 それだけ。


 責めるでもなく、悲しむでもなく。


 ただ、受け入れるように。


「人には、それぞれ役目があるんだろうから」


 穏やかな声。


 その言葉が。


 妙に、胸に残る。


「……失礼する」


 それ以上、その場にいることができなかった。


 踵を返し、歩き出す。


 背後で、聖女が何か言おうとしている気配があった。


 だが、聞かなかった。


 聞けなかった。


(……違う)


 頭の中で、何度も繰り返す。


 あれは偶然だ。


 一人の感想に過ぎない。


 全体を否定するものではない。


 そう。


 何も――


 変わっていないはずなのに。


 なのに。


 老女の言葉が、離れない。


 “触れられなくても、分かる”


 “何も言わないのに、安心できる”


 “もう来ないのかい?”


(……なぜ)


 そんな言葉が。


 今になって、胸に刺さるのか。


 その答えを。


 まだ、認めることができないまま。





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