第四話『置き配』
BAR 命の灯火
午前四時二分
客は黒服の男ひとり。
彼は酒を飲みながらおもむろに語り始めた
「尾鹿さん、置き配って使います?」
⸻
俺、担当してた子がいたんですよ。
その子、田舎からやってきて東京で稼ぐぞって息巻いてたんですよ
でも世界中でパンデミックが発生した頃から、売上が落ちて担当ホストにも相手にされなくなっちゃいましてね
物欲も承認欲求も何もかもが満たされないって愚痴を聞いてあげてたんですけどね
ある日、その子がSNSのストーリーに投稿したんですよ。
「誰か私を迎えに来て」
ってね。
後から思えば、あの一言が始まりだったのかもしれません。
⸻
『はぁ……今日も疲れた』
深夜。
仕事を終えて帰宅した私は、鍵を取り出しながら大きく伸びをした。
今日も指名は一本。
売上も微妙。
担当からのLINEも来ない。
東京に出てきた頃は、もっと上手くいくと思っていた。
『お金持ちになってさ』
『可愛くなってさ』
『見返してやろうと思ってたのになぁ』
自嘲気味に笑う。
そんな時だった。
玄関の前に段ボールが置いてある。
⸻
『ん?』
置き配。
でも何も頼んでいない。
伝票にも見覚えがない。
『何これ?』
箱を持ち上げる。
軽い。
『誰かの間違いかな』
部屋に持ち帰り、何気なく開封した。
中に入っていたのは財布だった。
『えっ』
思わず声が漏れる。
ブランド物。
しかも。
『これ……私が欲しかったやつじゃん』
何度も通販サイトを見ていた。
値段を見て諦めた。
あの財布。
『え、嘘でしょ』
顔が緩む。
『もらっちゃっていいのかな』
財布を抱きしめる。
『誰だろ』
そして少しだけ胸が高鳴る。
『ありがとう』
誰に向けた言葉かも分からないまま。
⸻
数日後。
今度は香水が届いた。
欲しかったものだった。
⸻
さらに数日後。
ドレスが届いた。
欲しかった色。
欲しかったサイズ。
『なんで分かるの……?』
⸻
怖い。
でも。
少し嬉しい。
誰かが見てくれている。
そう思えた。
『お客さんかな』
『あの人かな』
そんなことを考える時間が増えた。
⸻
新しいドレスを着て出勤した日。
『かわいい!』
『それ新作じゃん!』
女の子達が集まってくる。
売上も良くなった。
黒服にも言われた。
『似合ってるじゃん』
その言葉だけで少し救われた気がした。
⸻
帰宅。
ドレスをハンガーに掛ける。
鏡を見る。
『今日はちょっとだけ頑張れたかな』
少し酔った頭で独り言を呟く。
そして。
『誰なんだろ』
自然と笑みがこぼれる。
『会ってみたいな』
⸻
翌朝。
玄関の前に箱。
伝票には初めて文字が書かれていた。
ご希望を承りました
その瞬間だけ。
背筋が少し寒くなった。
⸻
翌朝。
玄関の前に小箱が置かれていた。
嫌な予感がした。
昨日の伝票。
ご希望を承りました
その一文が頭から離れない。
恐る恐る箱を開ける。
中に入っていたものを見て、私は固まった。
⸻
運転免許証。
⸻
私の名前。
私の住所。
私の顔写真。
⸻
間違いない。
私の免許証だった。
『え……?』
慌てて財布を開く。
ある。
ちゃんと入っている。
私は箱の中の免許証を見る。
財布の中の免許証を見る。
また箱の中を見る。
同じだった。
傷の位置まで。
⸻
『なにこれ……』
初めて気持ち悪いと思った。
その日の出勤。
女の子達に話した。
『偽物じゃない?』
『最近そういうイタズラあるじゃん』
みんな笑った。
私も笑った。
笑うしかなかった。
⸻
翌朝。
また箱が届いていた。
開ける。
マイナンバーカード。
『嘘でしょ……』
写真も番号も同じ。
ケースの擦り傷まで同じだった。
さすがに警察へ行った。
でも説明できない。
盗まれていない。
失くしてもいない。
被害もない。
『悪質なイタズラでしょうね』
警察官は困った顔でそう言った。
私は何度も頷いた。
でも。
本当は分かっていた。
イタズラなんかじゃない。
⸻
数日後。
A4の封筒が届いた。
開ける。
戸籍謄本。
父。
母。
兄。
私。
出生地。
本籍。
全部書いてある。
見られたくなかったものまで。
『なんで……』
震える指で紙をめくる。
そして。
余白に赤い文字を見つけた。
⸻
確認済
⸻
私は封筒を落とした。
⸻
その日は眠れなかった。
⸻
カーテンを閉めても。
電気を消しても。
⸻
誰かが見ている気がする。
玄関の向こうに。
⸻
ずっと。
⸻
翌朝。
置き配の通知音で目が覚めた。
『嫌……』
思わず声が漏れた。
見たくない。
でも見なければもっと怖い。
震える足で玄関へ向かう。
ドアを開けた瞬間。
私は息を呑んだ。
小さな箱が三つ。
いつもより多かった。
『……やだ』
声が震える。
一つ目を開ける。
透明なケース。
中には長い毛束。
見覚えがあった。
色も。
長さも。
癖も。
私の髪だった。
『違う……』
慌てて髪を掴む。
ある。
ちゃんとある。
全部ある。
二つ目。
開けた瞬間。
喉が鳴った。
爪。
十枚。
綺麗に並んでいる。
ネイルまで同じ。
欠けた小指の装飾まで。
『やめて……』
指を見る。
全部ある。
全部付いている。
なのに。
箱の中にもある。
呼吸が苦しい。
三つ目。
見たくない。
本当に見たくない。
それでも。
私は開けてしまった。
小さなケース。
白いものが並んでいる。
⸻
歯。
⸻
『いやああああああ!!』
ケースを投げた。
壁にぶつかる。
白い歯が床を転がる。
私は洗面所へ駆け込んだ。
鏡を見る。
口を開ける。
一本。
二本。
三本。
数える。
全部ある。
何度も。
何度も。
全部ある。
なのに。
⸻
床には私の歯が転がっている。
⸻
私はその場に崩れ落ちた。
⸻
涙が止まらない。
怖い。
違う。
怖いじゃない。
知りたい。
これは誰なの。
なんで私なの。
なんで私のことをこんなに知っているの。
その時だった。
箱の底から白い紙が滑り落ちた。
私は震える手でそれを拾う。
そこには一行だけ書かれていた。
⸻
まもなく到着します
⸻
その瞬間。
初めて理解した。
届くのは荷物じゃない。
⸻
尾鹿はグラスを磨く手を止めた。
「……それで、その子はどうなったんだ?」
黒服はしばらく黙っていた。
氷を揺らし、
酒を一口飲む。
「それが」
少し困ったように笑う。
⸻
「その話を聞いた次の日には、店に来なくなっちゃって」
⸻
「飛んだのか」
「たぶん、違います」
黒服は首を振った。
「電話も繋がらないし、LINEも既読が付かない」
「警察は?」
「成人ですからね。事件性もないって」
尾鹿は鼻を鳴らした。
しばらく沈黙。
やがて黒服が思い出したように口を開く。
「あ、そうそう」
「?」
「その子の友達から聞いたんですけど」
黒服はグラスを見つめたまま言う。
「部屋に大きい段ボール箱が置いてあったらしいんですよ」
尾鹿は何も言わない。
「冷蔵庫ぐらいの大きさだったって」
「中身は?」
「空だったそうです」
黒服は笑わない。
「ただ」
「ただ?」
「箱の側面に紙が貼ってあって」
店内が静かになる。
黒服は酒を飲み干した。
そして呟く。
⸻
お届け完了
⸻
氷が音を立てる。
⸻
閉店後。
ゴミを捨てるため裏口を開けた尾鹿は、
足元の小さな紙に気付く。
どこから飛んできたのか分からない宅配伝票。
⸻
宛先欄。
⸻
そこには知らない女の名前。
⸻
そして配達状況。
⸻
配達完了




