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命の灯火  作者:
2/18

第二話『おしぼり』

BAR 命の灯火




午前三時十二分。




客は二人。




仕事終わりのキャバ嬢達







「尾鹿ちゃん」







「ん?」







「おしぼり好きな人ってどう思う?」





尾鹿はグラスを拭く手を止めた。







「別に好きにしろよ」







「いや、そういうレベルじゃないんだって」








片方の女が露骨に顔をしかめた。






「あの話やめなよ」









「えー」




「気持ち悪いじゃん」




「だから話すんだよ」




女はハイボールを一口飲んだ。








「うちの店にさ」



「おしぼりおじさんっているんだよ」



尾鹿は黙って続きを促した。





「毎週火曜日だけ来るの」




「指名なし」




「延長なし」




「ハウスボトルだけ」




「害はないから店も出禁にできない」




「ただ――」







女は顔をしかめた。





「おしぼりが気持ち悪い」










「どう気持ち悪い」










「愛でるの」




沈黙。






「は?」




「だから愛でるの」






「撫でる」




「頬ずりする」




「話しかける」




尾鹿は思わず笑った。




「酔っ払いだろ」




「違うんだって」




女は即座に否定した。








「おしぼりの端っこを赤ちゃんの指を舐めるみたいに口に含むの」






「……」






「気持ち悪いでしょ?


最初はただの変な客だと思ってたんだよ」






「でもさ」






「話してる内容がおかしいの」





尾鹿は黙って続きを待った。









「ある日、新人の子が聞いたの」






「お客様、おしぼり好きなんですか?」






おじいさんは嬉しそうに笑って言ったんだって。









「うん」




「可愛いからね」




新人は愛想笑いを浮かべる。




「名前とかあるんですか?」




おじいさんは膝の上のおしぼりを優しく撫でた。








「まだない」








「小さいうちは名前を付けちゃいけないんだ」








女はハイボールを飲み干した。




「でね」




女の顔が曇る。




「一番気持ち悪かったのが」













「そんなに舐めて大丈夫なんですか?」




新人が冗談半分で聞いた時。 




おじいさんは笑った。




本当に嬉しそうに。






「大丈夫」




「お母さんに見つかったら怒られるからね」




「バレないように少しずつ舐めてるんだ」




笑顔のまま。 









「その日から」




女は呟いた。




「みんなあの人を避けるようになった」




「店長は?」




「直接の害は無いからそのまま」




尾鹿は苦い顔をした。





「いつもの話だな」





女は頷く。





「でも、その後が変なの」




「何が」




「ある日突然来なくなった」




「死んだとか?」




「うん」




「施設から連絡が来たらしい」




「老衰」




沈黙。







「みんなホッとしたんだよ」



「もう来ないって」



女はそう言ってから、




少しだけ声を落とした。




「でもね」








「死んだ次の火曜日」








尾鹿の手が止まる。






「誰も座ってない席に」




「おしぼりだけ置いてあったの」




「店の人間は誰も出してない」




「しかも」


 


女はスマホを取り出した。


 











一枚の写真。




真っ白なおしぼり。




その内側。




薄く滲んだ文字。











あかあさんにはないしょだよ










店内に沈黙が落ちた。









その夜、




閉店後のカウンターに残されていたおしぼりを見た時だけ、尾鹿はほんの少し顔をしかめた。









端の方が、不自然にほつれていた。





それはまるで歯形の様だった。




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