第二話『おしぼり』
BAR 命の灯火
午前三時十二分。
客は二人。
仕事終わりのキャバ嬢達
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「尾鹿ちゃん」
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「ん?」
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「おしぼり好きな人ってどう思う?」
尾鹿はグラスを拭く手を止めた。
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「別に好きにしろよ」
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「いや、そういうレベルじゃないんだって」
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片方の女が露骨に顔をしかめた。
「あの話やめなよ」
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「えー」
「気持ち悪いじゃん」
「だから話すんだよ」
女はハイボールを一口飲んだ。
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「うちの店にさ」
「おしぼりおじさんっているんだよ」
尾鹿は黙って続きを促した。
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「毎週火曜日だけ来るの」
「指名なし」
「延長なし」
「ハウスボトルだけ」
「害はないから店も出禁にできない」
「ただ――」
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女は顔をしかめた。
「おしぼりが気持ち悪い」
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「どう気持ち悪い」
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「愛でるの」
沈黙。
「は?」
「だから愛でるの」
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「撫でる」
「頬ずりする」
「話しかける」
尾鹿は思わず笑った。
「酔っ払いだろ」
「違うんだって」
女は即座に否定した。
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「おしぼりの端っこを赤ちゃんの指を舐めるみたいに口に含むの」
「……」
「気持ち悪いでしょ?
最初はただの変な客だと思ってたんだよ」
「でもさ」
「話してる内容がおかしいの」
尾鹿は黙って続きを待った。
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「ある日、新人の子が聞いたの」
「お客様、おしぼり好きなんですか?」
おじいさんは嬉しそうに笑って言ったんだって。
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「うん」
「可愛いからね」
新人は愛想笑いを浮かべる。
「名前とかあるんですか?」
おじいさんは膝の上のおしぼりを優しく撫でた。
「まだない」
「小さいうちは名前を付けちゃいけないんだ」
女はハイボールを飲み干した。
「でね」
女の顔が曇る。
「一番気持ち悪かったのが」
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「そんなに舐めて大丈夫なんですか?」
新人が冗談半分で聞いた時。
おじいさんは笑った。
本当に嬉しそうに。
「大丈夫」
「お母さんに見つかったら怒られるからね」
「バレないように少しずつ舐めてるんだ」
笑顔のまま。
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「その日から」
女は呟いた。
「みんなあの人を避けるようになった」
「店長は?」
「直接の害は無いからそのまま」
尾鹿は苦い顔をした。
「いつもの話だな」
女は頷く。
「でも、その後が変なの」
「何が」
「ある日突然来なくなった」
「死んだとか?」
「うん」
「施設から連絡が来たらしい」
「老衰」
沈黙。
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「みんなホッとしたんだよ」
「もう来ないって」
女はそう言ってから、
少しだけ声を落とした。
「でもね」
「死んだ次の火曜日」
尾鹿の手が止まる。
「誰も座ってない席に」
「おしぼりだけ置いてあったの」
「店の人間は誰も出してない」
「しかも」
女はスマホを取り出した。
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一枚の写真。
真っ白なおしぼり。
その内側。
薄く滲んだ文字。
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あかあさんにはないしょだよ
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店内に沈黙が落ちた。
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その夜、
閉店後のカウンターに残されていたおしぼりを見た時だけ、尾鹿はほんの少し顔をしかめた。
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端の方が、不自然にほつれていた。
それはまるで歯形の様だった。




