第十五話『出前②』
BAR命の灯火
午前二時四十分。
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客はいない。
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店内にはジャズだけが流れている。
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尾鹿はグラスを磨いていた。
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暇だった。
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こういう日は時間が長い。
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カウンターの中。
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たこ焼きが立っている。
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ぼーっとしている。
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何もしていない。
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客がいないからだ。
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それでも帰らない。
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開店と同時に現れて。
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閉店する頃にはいなくなる。
帰るところは見たことがない。
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気付けば消えている。
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最初は追い出そうとした。
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だが。
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勝手に皿を洗う。
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勝手に掃除をする。
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勝手に水を出す。
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客からの評判も悪くない。
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だから放置していた。
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尾鹿はグラスを棚へ戻した。
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「なぁ」
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たこ焼きが振り向く。
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「ご利用ありがとうございます」
「利用してねぇよ」
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いつものやり取り。
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たこ焼きは頭を下げる。
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「申し訳ありません」
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「本当に思ってるか?」
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「思っています」
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「そうか」
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多分思っていない。
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たこ焼きは再び虚空を見つめ始めた。
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尾鹿は少し考える。
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そういえば。
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こいつについて何も知らない。
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名前も。
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年齢も。
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何者なのかも。
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そもそも。
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人間なのかどうかすら分からない。
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「お前さ」
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「はい」
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「何者なんだ?」
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たこ焼きは首を傾げた。
しばらく考える。
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本気で考えているらしかった。
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やがて。
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静かに口を開く。
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「私がたこ焼きです」
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尾鹿はため息を吐いた。
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「そこから説明しろ」
たこ焼きは黙った。
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考えているらしい。
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数秒。
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いや。
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数十秒。
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尾鹿が諦めかけた頃。
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たこ焼きは口を開いた。
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「私はたこ焼きです」
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「戻るな」
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「失礼しました」
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たこ焼きは頭を下げた。
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「出前です」
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「それも知ってる」
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「配達済みです」
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「そうか」
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会話にならない。
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尾鹿は煙草に火を付けた。
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「家族はいるのか」
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たこ焼きは頷く。
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「いました」
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過去形だった。
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「今は?」
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「購入されました」
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尾鹿の手が止まる。
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「購入?」
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「はい」
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「誰に」
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「分かりません」
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「会いたくないのか」
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たこ焼きは少しだけ考えた。
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「会いたいと思います」
「思います?」
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「はい」
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「たぶん」
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尾鹿は眉をひそめた。
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「覚えてないのか」
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たこ焼きは頷く。
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「覚えていません」
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それは。
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少しだけ寂しそうに見えた。
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いや。
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そう見えただけかもしれない。
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怪異に感情があるのか。
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尾鹿には分からなかった。
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「好きなものは」
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「ソースです」
即答だった。
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「嫌いなものは」
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「冷めることです」
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「夢は」
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たこ焼きは珍しく悩んだ。
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長かった。
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本当に長かった。
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そして。
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「次回もご利用いただくことです」
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尾鹿は吹き出した。
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久しぶりだった。
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声を出して笑ったのは。
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たこ焼きは不思議そうな顔をする。
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「何か変でしたか?」
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「いや」
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尾鹿は笑いながら首を振った。
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「別に」
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たこ焼きは少し考える。
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それから。
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ほんの少しだけ。
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口元を緩めた。
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たぶん。
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初めて見た表情だった。
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店内にはジャズが流れている。
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客は来ない。
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でも。
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不思議と退屈ではなかった。
気付けば。
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時計の針は午前四時を回っていた。
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結局。
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客は一人も来なかった。
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尾鹿は最後のグラスを棚へ戻す。
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閉店の時間だった。
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たこ焼きはいつの間にか床を掃除している。
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頼んでもいないのに。
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毎日勝手にやる。
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尾鹿はもう止めなかった。
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「終わりだ」
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たこ焼きが顔を上げる。
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「閉店ですか」
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「そうだ」
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「ご利用ありがとうございました」
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「だから利用してねぇって」
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たこ焼きは少し考えた。
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「では」
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「本日はありがとうございました」
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「何がだよ」
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「会話です」
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尾鹿は少しだけ驚いた。
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たこ焼きは続ける。
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「今日はたくさんお話できました」
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「そうか」
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「楽しかったです」
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その言葉に嘘はなかった。
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少なくとも。
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尾鹿にはそう見えた。
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たこ焼きは店の出口へ向かう。
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そして。
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振り返った。
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「思い出ができました」
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尾鹿は思わず笑う。
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「大げさだな」
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「大げさではありません」
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たこ焼きは真面目な顔で言った。
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「大切にします」
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そう言って。
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店を出ていく。
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カラン。
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ドアベルが鳴る。
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ガラス越しに見えたたこ焼きは。
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珍しく。
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スキップしていた。
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私はスキップをしていました。
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楽しかったからです。
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今日はたくさんお話をしました。
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私が何なのか。
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何が好きなのか。
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何を考えているのか。
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たくさん聞いてもらいました。
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たぶん。
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初めてでした。
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私は嬉しくなりました。
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思い出ができました。
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だからスキップをしています。
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たぶん。
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楽しい時はこうするのだと思います。
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私は歩きます。
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夜道を歩きます。
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そして考えます。
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帰ったら。
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今日のことを話そうと思いました。
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楽しかったことを。
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たくさん話そうと思いました。
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でも。
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ふと足が止まります。
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帰る。
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どこに?
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私は考えました。
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分かりません。
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誰かがいるはずです。
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話を聞いてくれる誰かが。
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でも。
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思い出せません。
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私は立ち尽くしました。
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夜の道路。
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街灯の下。
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しばらく考えます。
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長い間考えます。
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ですが。
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何も思い出せません。
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その時でした。
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ピコン。
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スマートフォンが鳴ります。
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いつの間にか持っていたスマートフォン。
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画面が光っています。
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通知。
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購入者
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私はその名前を知りません。
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ですが。
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少しだけ。
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胸が苦しくなりました。
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メッセージを開きます。
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購入しました
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それだけでした。
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私は首を傾げます。
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何を購入したのでしょう。
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分かりません。
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でも。
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なぜか。
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何かを失った気がしました。
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とても大切な何かを。
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だけど。
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それが何だったのか。
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もう思い出せませんでした。
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