第十四話『ヘルプ』
BAR 命の灯火
午前二時十分。
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客は二人。
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男と女。
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二人とも同じ店で働いている黒服とキャストらしい。
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カウンターに並んで座りながら酒を飲んでいた。
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「尾鹿さん」
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女が声をかける。
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「ん?」
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「ヘルプって知ってる?」
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尾鹿はグラスを磨く手を止めない。
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「助ける方のヘルプか?」
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男が吹き出した。
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「まあ間違ってないっす」
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女も苦笑する。
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「キャバクラとかホストクラブのヘルプ」
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「ああ」
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尾鹿は頷いた。
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「指名じゃない客の相手するやつだろ」
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「そうそう」
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女は少し嬉しそうに笑った。
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「本指名の子が席外した時とかに座る子」
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「トイレ行ったり、他の卓行ったりするじゃん?」
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「その間を繋ぐ係」
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男が肩を竦める。
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「地味だけど結構大事なんすよ」
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「ヘルプ下手な店は回らないし」
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「逆に上手い子はめちゃくちゃ重宝される」
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女はグラスを回しながら続けた。
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「その子もそうだった」
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「誰にでも愛想良くてさ」
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「頼まれたら断れないタイプ」
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少しだけ表情が曇る。
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「新人だったんだけど」
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「めちゃくちゃ頑張ってたんだよね」
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「トップの先輩に憧れてて」
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「いつも走り回ってた」
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女は空になったグラスを見つめる。
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「最初はみんな褒めてたんだけどね」
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沈黙。
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尾鹿が新しい酒を置く。
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女はそれを一口飲んだ。
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「でもさ」
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「一人だけいたんだよ」
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「変なお客さんが」
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最初にその人の席についたのは。
入店して三ヶ月目だった。
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私はまだ新人で。
ヘルプの回数も多かった。
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先輩達に頼られるのが嬉しかった。
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『お願い』
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そう言われる度に。
頑張ろうと思った。
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その日もそうだった。
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店で一番売れている先輩。
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その本指名のお客さんだった。
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『ごめん、ちょっとヘルプ入って』
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『はい!』
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私は笑顔で返事をした。
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席に着く。
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四十代くらいの男だった。
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スーツ。
時計。
靴。
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全部高そうだった。
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『失礼します』
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私はお酒を作る。
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男は私を見た。
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そして言った。
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『君、ヘルプ?』
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『はい』
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『ふーん』
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興味を失ったようにグラスへ目を落とす。
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少しだけ傷ついた。
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でもよくあることだった。
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ヘルプなんてそんなものだ。
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数分後。
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男が空のグラスをテーブルに置く。
『お酒作って』
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『はい』
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作る。
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『灰皿』
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『はい』
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交換する。
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『おしぼり』
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『はい』
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渡す。
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その度に。
男は必ず言った。
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『だってヘルプでしょ?』
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最初は冗談だと思った。
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でも違った。
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次に席へ着いた時も。
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その次も。
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その次も。
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『だってヘルプでしょ?』
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『ヘルプなんだから』
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『ヘルプなんだろ?』
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少しずつ。
少しずつ。
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その言葉が嫌いになっていった。
最初は酒だった。
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次は煙草。
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灰皿。
おしぼり。
水。
氷。
ライター。
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全部。
私が席を立って持ってくる。
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『ヘルプでしょ?』
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その一言で。
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ある日。
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男が言った。
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『コンビニ行ってきて』
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私は笑った。
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冗談だと思ったから。
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でも男は笑っていなかった。
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『煙草切れたんだよね』
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『ヘルプでしょ?』
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店長に相談した。
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『断っていいですか?』
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店長は困った顔をした。
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『まあ……適当に流して』
『太客だから』
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私は頷いた。
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それしか出来なかった。
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男はどんどん調子に乗った。
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『歌って』
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『隣座って』
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『マッサージして』
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『スマホ充電して』
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『外寒いか見てきて』
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全部。
最後に同じ言葉が付く。
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『ヘルプでしょ?』
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私はその席が大嫌いだった。
でも。
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店で一番売上のある客だった。
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誰も逆らわない。
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先輩も。
黒服も。
店長も。
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みんな笑っていた。
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『また呼ばれてるじゃん』
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『気に入られてるね』
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『頑張れ』
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頑張った。
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本当に頑張った。
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でも。
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ある日。
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出勤前。
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スマホが鳴った。
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店からだった。
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『今日○○さん来るから』
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『ヘルプお願いね』
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それを見た瞬間。
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涙が出た。
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理由は分からなかった。
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ただ。
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もう無理だった。
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その日。
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私は店を休んだ。
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翌日も。
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その翌日も。
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スマホには。
店からの着信。
先輩からのLINE。
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そして。
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男からのメッセージ。
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『次いつ出勤?』
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『ヘルプでしょ?』
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『返事してよ』
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『ヘルプなんだから』
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その夜。
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私はマンションのベランダに立っていた。
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スマホが震える。
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画面には。
店長
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着信。
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出なかった。
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もう。
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ヘルプは終わりにしたかった。
数日後。
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彼女はマンションの敷地内で発見された。
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遺書はなかった。
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ただ。
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スマホだけが残されていたらしい。
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そこまで話すと。
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女はグラスの酒を飲み干した。
静かな店内に氷の音が響く。
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尾鹿は黙ってグラスを磨いていた。
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黒服の男がため息を吐く。
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「正直、店も悪かったんだけどね」
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「誰も止めなかったから」
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女は頷く。
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「でもさ」
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そう言って苦笑した。
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「気持ち悪いのはここからなんだよね」
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尾鹿が顔を上げる。
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「何がだ」
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女は少しだけ声を潜めた。
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「そのお客さん」
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「今でも来るんだよ」
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黒服も頷いた。
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「ああ」
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「月に一回くらい」
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店内に沈黙が落ちる。
女は続けた。
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「でね」
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「毎回言うの」
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『ヘルプお願い』
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本指名の女の子が席を外す。
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誰かがヘルプに入る。
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普通なら。
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でも。
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その席だけは違った。
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誰も呼んでいないのに。
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グラスが減る。
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灰皿に吸い殻が増える。
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誰も座っていないはずなのに。
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男は楽しそうに話し続ける。
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まるで。
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そこに誰かいるみたいに。
黒服はグラスを見つめながら言った。
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「最初はあの客がヤバいんだと思ってた」
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女も頷く。
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「私も」
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「でも違ったんだよね」
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尾鹿が顔を上げる。
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「何がだ」
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黒服は苦笑した。
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「気になって聞いたんだよ」
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「あの客の本指名の子に」
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「何が起きてるんですかって」
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店内が静かになる。
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「そしたらさ」
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黒服は少しだけ間を置いた。
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「その子、こう言ったんだよ」
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『何が?』
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『だってヘルプなんだから当然でしょ』
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女が小さく笑う。
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笑っているのに。
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全然楽しそうじゃない。
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「その子さ」
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「今でも店のナンバーワンなんだよね」
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「毎回その席で同じこと言うの」
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『ヘルプ』
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『灰皿』
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『おしぼり』
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『酒作って』
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『ちゃんと見てて』
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『気が利かないなぁ』
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誰もいない場所に向かって。
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当たり前みたいに。
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何年も。
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ずっと。
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尾鹿は何も言わなかった。
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ただ。
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少しだけ眉をひそめた。
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女は空になったグラスを揺らす。
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「私さ」
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「死んだあの子の声が誰もいない更衣室から聞こえたんだよね。」
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「『助けて』って」




