第十三話『タク代』
BAR命の灯火
午前三時半
客は三人。
ホストと二人組の女
酔いが回ってきたのか、女の方が尾鹿に絡みに来る
「尾鹿っち」
「ん?」
「タクシー代って貰ったことあります?」
「俺がもらえるわけねぇだろ」
「あはは、そうだよね。変な質問してごめんね」
楽しそうに女が笑う
「友達でさ」
「ギャラ飲みをハシゴして小遣い稼いでたんだけどね」
ホストが頷く。
「港区じゃよくあるよね」
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ある港区女子がいた。
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男と飲む。
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帰り際に言われる。
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『タクシーで帰りなよ』
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一万円渡される。
家まで二千円。
差額八千円。
ラッキー。
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それが癖になった。
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タクシー代を貰う。
歩いて帰る。
電車で帰る。
友達の家に泊まる。
日によってはギャラ飲みをハシゴし、一日で十数万稼ぐこともあった。
そしてある日。
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知らない男に声をかけられる。
「ありがとうございました」
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そう言って頭を下げる。
最初は知らない人だった。
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駅で。
コンビニで。
交差点で。
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会ったこともない人間が。
気味は悪かったが。
害はなかった。
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だから放っておいた。
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だが。
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ある日。
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ギャラ飲みの帰り。
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会計を終えた店員が。
伝票を下げながら。
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「ありがとうございました」
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深々と頭を下げた。
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それ自体は普通だった。
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だが。
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どこか違った。
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駅で会う人達と。
全く同じだった。
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同じ声。
同じ抑揚。
同じ角度。
同じ時間。
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頭を下げる。
嫌な汗が流れた。
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その日は逃げるように店を出た。
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数日後。
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界隈では有名な社長に呼ばれた。
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別れ際。
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「今日はありがとう」
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そう言った後。
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急に表情が消えた。
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そして。
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「ありがとうございました」
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深々と頭を下げる。
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見たことがあった。
何度も。
あの人達と。
全く同じだった。
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その日から。
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増え始めた。
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友達。
店員。
運転手。
キャバ嬢。
ボーイ。
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誰もが時々。
「ありがとうございました」
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そう言って頭を下げる。
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全員。
同じ動きで。
彼女が失踪する前夜。
SNSのストーリーが更新された。
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『今日もいた』
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『もう店員だけじゃない』
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『お客さんも全員やる』
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『帰りたい』
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話を終えた女はグラスを傾ける。
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「で、その子どうなったんだ?」
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尾鹿が聞いた。
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女は肩をすくめる。
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「わかんない」
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「失踪扱いらしいよ」
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ホストが眉をひそめる。
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「マジで?」
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「うん」
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女はスマホを取り出した。
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「私、多分最後にLINEした人なんだけどさ」
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「こっから先、ブロックされてるっぽいんだよね」
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そう言って画面を尾鹿へ向ける。
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トーク履歴。
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数日前の日付。
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女からのメッセージ。
『大丈夫?』
『今どこ?』
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既読。
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その返事が一つだけ。
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既読。
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そして最後のメッセージ。
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『タクシーで帰る』
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