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命の灯火  作者:
13/18

第十二話『スタンプ』

BAR 命の灯火



午後十一時四十分。




客は二人。



凛。



そして女。



目の下には濃い隈。



化粧も崩れている。



ここ数日まともに眠っていない顔だった。



「同僚です」



凛がそう紹介する。



三浦(みうら)です……」



女は小さく頭を下げた。



尾鹿は水を出す。



「それで?」



凛は困った顔をした。



「たぶん怪異です」



「たぶん?」



「私も最初は嫌がらせだと思ったんですけど」



三浦は震える手でスマホを取り出した。



「これです」



尾鹿はスマホを受け取る。




画面にはLINEスタンプの販売ページが表示されていた。






タイトル。






今日もお仕事がんばる♡118日目





尾鹿は眉をひそめる。





「118日目?」





「はい」






三浦は力なく頷いた。







「毎日増えるんです」







尾鹿はスタンプ一覧を開く。







001日目







002日目







003日目







004日目







005日目





延々と続いている。



全部同じシリーズ。



全部同じ女。



三浦だった。




尾鹿はスクロールを止める。






013日目。







デスクでコーヒーを飲む三浦。







027日目。







電車で居眠りする三浦。







044日目。







更衣室で着替えている三浦。





尾鹿の指が止まる。



「これ」




「はい」




三浦の顔色が悪くなる。




「店の更衣室です」





「撮影禁止です」





「スマホも持ち込めません」






店内が静かになる。





尾鹿は次を見る。





079日目。







ドレス姿。







営業スマイル。







キャバクラの客席。







「副業か」





三浦は俯いた。



「誰にも言ってませんでした」



「会社にも」




「家族にも」





「友達にも」





「凛以外には」





凛は黙っている。





尾鹿はさらにスクロールした。






101日目。







泣いている三浦。







112日目。







会社の会議室。







115日目。







自宅のベッド。







眠っている三浦。







尾鹿はスマホを見つめる。





どれも盗撮だ。



だが。



説明がつかない。



そして。





118日目。





尾鹿の手が止まった。



スタンプの中の三浦。



スマホを見ながら泣いている。





背景。







BAR 命の灯火。







カウンター席。







今座っている席だった。







「……おい」





三浦も凛も画面を見る。



誰も喋らない。



三浦は唇を震わせた。





「私」







「今日ここ初めて来たんです」







尾鹿は何も言わない。







言えない。







そして。







画面の一番下。







まだ販売されていないスタンプがあった。







黒いサムネイル。







タイトルだけ表示されている。







今日もお仕事がんばる♡119日目







販売開始予定




23:59





三浦は小さく呟いた。



「毎日増えるんです」



「必ず」



尾鹿は黒いサムネイルを見つめる。



「119日目は何なんだ」



三浦は首を振る。



「分かりません」



「でも」



震える声。



「今まで全部」



「現実になってるんです」



尾鹿はスマホをカウンターに置いた。



そして。



短く言った。



「怪異だな」



凛が頷く。



たこ焼きが水を置いた。



「スタンプですね」



尾鹿は頭を抱えた。



凛はたこ焼きを見た。





数秒。





黙る。



そして。



「そういえば」



「この人誰なんですか?」



三浦も初めて気付いたように顔を上げる。



カウンターの内側。



知らない女。



黒髪。



無表情。



いつの間にかそこにいた。



尾鹿はため息を吐いた。



「俺もよく分からん」



「は?」



「飯田さんが出前頼んだら届いた」



「は?」



「そのまま居着いた」



「は?」



三浦も凛も同じ顔をしていた。



女はこちらを見る。



そして。



「たこ焼きです」



三浦は瞬きをした。



「たこ焼き?」



「はい」



「本名は?」



「たこ焼きです」



「え?」



「たこ焼きです」



尾鹿は酒瓶を片付けながら言う。



「諦めろ」



「諦めろって何ですか」



「俺も諦めた」



凛は頭を抱えた。



「命の灯火ってこういう店でしたっけ……」



「俺も最近そう思う」



その時。



三浦のスマホが震えた。




全員の視線が集まる。




時刻。





23:59







三浦の顔色が変わった。







「来る……」







「何がだ」







「119日目です」







店内が静かになる。







0:00







更新。







販売ページが自動で切り替わる。




タイトル。







今日もお仕事がんばる♡119日目







追加スタンプ 8件





三浦の呼吸が浅くなる。



「開きます」



尾鹿は止めなかった。



どうせ見なければならない。





一枚目。







会社のデスク。







真っ青な顔で俯いている三浦。







文字。







本日最終出勤です♡





三浦の肩が震えた。





二枚目。







キャバクラの更衣室。







そこで泣いている三浦。







文字。







バレちゃった♡







三枚目。







会議室。







怒っている様子の上司。







正面に座る三浦。







文字。







お話があります♡







四枚目。







会社のグループLINE。







未読99+







文字。







見つかっちゃった♡







五枚目。







空っぽのロッカー。







文字。







お世話になりました♡





「やだ……」



凛が思わず呟く。





六枚目。







笑顔の三浦。







だが。







顔だけが黒く塗り潰されていた。







文字。







ご利用ありがとうございました♡







七枚目。







夜景が広がる屋上







裸足でビルの屋上に立つ三浦の後ろ姿。







文字。







またね♡







そして。







最後。







八枚目。







真っ黒。







何も映っていない。







文字だけ。






120日目をお楽しみに♡




三浦の目から涙が零れた。



「もう嫌です……」



「もう無理です……」



凛が肩を抱く。



尾鹿は黙って画面を見ていた。




しばらくして。





たこ焼きがスマホを覗き込む。





数秒。





そして。



「大人気シリーズですね」






店内が静まり返る。






凛がジト目でにらみつけて言う



「今そこですか?」




たこ焼きは頷く。



「119日も続いています」



「人気です」



尾鹿は頭を抱えた。



「そういう話じゃねぇんだよ」



だが。



尾鹿はある違和感を覚えていた。



「三浦」



「はい」




「001日目覚えてるか」




三浦は少し考える。



そして頷いた。



「キャバクラ初出勤の日です」



尾鹿は次を見る。





013日目。





「これは」



「会社で初めて褒められた日です」





027日目。





「徹夜明けです」



044日目。



「お店で着替えてた日です」



尾鹿は黙る。



そして。





118日目を開く。







泣いている三浦。






背景は命の灯火。


今。




この場所。





「やっぱりだ」





凛が顔を上げる。



「何がですか」



「この怪異」



尾鹿はスマホを置いた。



「未来を見てる訳じゃない」



「え?」



「予定表だ」




店内が静かになる。




「予定表?」



「そうだ」



尾鹿は118日分のスタンプを指差した。



「これは予言じゃない」



「決定事項なんだよ」



三浦の顔色が悪くなる。


「じゃあ終わりじゃないですか」



「いや」



尾鹿は首を振る。



「一つだけ変だ」





118日目。







命の灯火。






「三浦」





「はい」





「お前ここ来る予定だったか?」





「いいえ」





「凛に無理やり連れて来られました」





凛が少しショックを受けたように言う


「無理やりって……」




尾鹿は頷く。



「つまり」



「ズレるんだ」



「怪異の予定は」



「人間が介入すると」


凛が理解する。



「だから118日目は当たったけど」



「完全には当たってない」



「そう」



尾鹿は煙草を咥えた。



「なら話は簡単だ」



「119日目を全部外す」



三浦


「……全部?」




「会社休め」






「え」







「キャバクラも休め」







「え」







「スマホ切れ」







「え」







「家にも帰るな」







「えぇ……」





尾鹿は真顔だった。



「今日だけお前は」





「スタンプに写るな」







三浦は困った顔をした。





「そんなので変わるんですか」



「知らん」



尾鹿は即答した。



「でも」



煙草の煙を吐く。



「118日目は外れた」



「だから試す価値はある」



三浦は黙る。



選択肢は無かった。



会社へ行けば。



クビになる。



店へ行けば。



副業がバレる。



なら。



信じるしかない。



「分かりました」



尾鹿は頷いた。




「今日はここにいろ」






「え?」







「店は朝までやってる」







「俺もいる」







「凛もいるだろ」







凛は頷いた。







「いますよ」







「有給取らせます」







「いやそこは相談してから……」







「もう取ります」





三浦は少し笑った。




三浦が笑うのは数日ぶりだった。





午前一時。






何も起きない。







午前二時。







何も起きない。







午前三時。







何も起きない。







だが。







スマホだけは静かではなかった。







通知。







通知。







通知。







通知。







知らないアカウント。







知らない番号。







知らないメール。







全て同じ内容。







どこですか?





三浦の顔色が変わる。





また通知。







今日はお休みですか?







また。







撮影が出来ません






店内が静かになる。




尾鹿はスマホを取り上げた。





さらに通知。







どこですか?







どこですか?







どこですか?







画面が埋まる。







その時。







コト。







たこ焼きがスマホを覗き込んだ。







数秒。







そして。





「焦っていますね」



尾鹿が顔を上げる。



「分かるのか」



「人気シリーズなので」



「そうかよ」



意味は分からなかった。





午前四時。







通知が止まる。







午前五時。







何も来ない。







そして。







午前六時。







三浦のスマホが震えた。







全員の視線が集まる。







更新通知。







新作。







今日もお仕事がんばる♡119日目




販売開始。







三浦の指が震える。







画面を開く。







表示された画像。







真っ白。







何も映っていない。







人物も。







背景も。







何も無い。







ただ一言。







撮影失敗♡







誰も喋らなかった。







数秒。







十秒。







やがて。







三浦の目から涙が溢れる。







「終わった……?」







声が震える。







「終わったんですか……?」





尾鹿は答えなかった。



分からない。



だが。



少なくとも。



初めてだった。



怪異が失敗したのは。



凛は安堵の息を吐く。



三浦は泣きながら笑った。



そして。



たこ焼きがスマホを覗き込む。



数秒。



「打ち切りですね」



尾鹿は煙草を咥えた。



「人気シリーズじゃなかったのか」



たこ焼きは頷く。




「大人気でした」





「残念です」






尾鹿は深いため息を吐いた。



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