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命の灯火  作者:
11/18

指名料①

BAR 命の灯火




閉店後。







静かな店内。







尾鹿は一人でグラスを洗っていた。







やがて。


後ろから声がする。







貴方様






「何だ」


即答だった。


もう驚かない。


驚くのにも疲れた。






貴方様







「何だよ」






本日もお疲れ様でした






尾鹿は手を止める。


「……そうかよ」







少しの沈黙。







グラスを洗う音だけが響く。







再び。






貴方様






「今度は何だ」







本日の女性客は四名でした







「そうか」







二名が貴方様を見ていました







「知らん」







一名は好意を抱いていました







「余計な情報だな」






一名は既婚者でした






「もっと余計だな」







少しだけ。


女が笑った気がした。







貴方様







「何だ」







私は本指名ですか







尾鹿の手が止まる。







「は?」







私は本指名ですか







「何の話だ」







夜の店では







お気に入りのお客様を







本指名と呼ぶのでしょう







「誰から聞いた」







飯田







「飯田さんか……」







深いため息。







貴方様







「何だ」







私は本指名ですか







「違う」







即答。







少しの沈黙。







どこか空気が重くなる。







「落ち込むな」







落ち込んでいません







「絶対落ち込んでるだろ」







落ち込んでいません







「そうかよ」



グラスを置く。



静かな店内。







やがて。







貴方様







「まだあるのか」







指名料はいくらですか







尾鹿は目を閉じた。







「あのなぁ……」




しばらく説教した。







金はいらない。







物もいらない。







勝手な事もするな。







人に迷惑も掛けるな。







幽世比売(かくりよひめ)は黙って聞いていた。







たぶん。







聞いていた。







そのはずだった。







翌日。







命の灯火。







開店前。







店の裏口。







足元に段ボール箱。







「……何だこれ」







伝票はない。







差出人もない。







嫌な予感がした。







だが。







開ける。







煙草。







尾鹿が吸っている銘柄。







しかもワンカートン。







「おい」







思わず笑った。







「馬鹿か」







昨日の今日だった。







誰が送ったかなんて考えるまでもない。




その日の閉店後。







貴方様







「何だ」







指名料です







尾鹿は煙を吐く。







「そうかよ」







少しだけ。







嬉しかった。







だから。







それ以上は何も言わなかった。


















カウンターの隅。







空になった段ボール箱が置かれている。







その側面。







小さな紙。







そこには一行だけ書かれていた。







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