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命の灯火  作者:
10/18

第十話『アフター④』

BAR 命の灯火。



閉店後。




店内には尾鹿と凛だけが残っていた。



カウンターの上にはノートパソコン。



スマホ。



メモ帳。



数時間に渡る調査の結果。



分かった事は多くない。



だが。



一つだけ確かな事があった。



「全員、生きてる」


凛が呟く。


幽世比売(かくりよひめ)に遭遇した人」


「少なくとも記録が残ってる人達は」


「全員生きてるんです」



尾鹿は画面を見つめる。



確かにそうだった。



失踪した者もいる。



精神を病んだ者もいる。



人生を壊された者もいる。



だが。



幽世比売かくりよひめそのものに殺された記録は見つからなかった。



「妙だな」


「はい」


凛は頷く。


「普通の怪異じゃない」


尾鹿は煙草に火を付けた。


「会いたいだけなのかもな」



凛は黙った。



その言葉が妙に腑に落ちた。



画面の向こうから。



何度も届いたメッセージ。





見つけてくれてありがとう。







消さないで。







会わせてあげましょうか。





そこに悪意は感じなかった。



ただ。



重すぎるだけで。



「尾鹿さん」


「ん?」


「まさか」


凛の顔が引きつる。


「会うつもりじゃないですよね」


尾鹿は煙を吐いた。


「会う」





「は?」


「話が通じるなら話す」


「いやいやいや!」


凛は立ち上がった。


「頭おかしいですよ!」


「そうかもな」


尾鹿は苦笑した。


「でも」


「お前巻き込まれてるだろ」


凛は言葉を失う。


しばらく沈黙が落ちた。





やがて。


「絶対無茶しないでくださいよ」


「善処する」


「信用できません」


「俺も」


尾鹿は立ち上がった。




深夜三時。



凛を帰らせる。



店の鍵を閉める。



静かになった店内。



いつも通りの命の灯火。



なのに。



今日は少し違った。



尾鹿はカウンターへ腰掛ける。



スマホを置く。



店の照明を一段落とす。



そして。



小さく呟いた。



「いるんだろ」



沈黙。



返事はない。



数秒。



何も起きない。



やっぱり馬鹿らしい。



そう思った時だった。



頭痛。



激痛。



尾鹿は思わず頭を押さえる。



耳鳴り。



視界が揺れる。



店内のテレビが勝手に点く。



監視カメラのモニター。



レジ画面。



スマホ。



全ての画面が同時に光った。



映っている。



同じ女。



長い髪。



白い服。



美しい女。



そして。



カウンター席。





いつの間にか。







そこに座っていた。





女は尾鹿を見る。


嬉しそうに。


本当に嬉しそうに。


微笑んだ。





貴方様





頭痛が増す。



だが。



尾鹿は目を逸らさなかった。



「お前が幽世比売(かくりよひめ)か」



女は小さく首を傾げた。






その名で呼ばれています





「凛に何をした」



女は不思議そうな顔をした。



何も



「嘘つけ」



私は何もしていません



「じゃああれは何だ」



あの方は邪魔です



尾鹿はため息を吐いた。



「やっぱりお前か」




女は黙る。



貴方様の為です




「余計なお世話だ」



貴方様は優しい



だから騙される



傷付く



あの方は必要ありません



尾鹿は頭を掻いた。



「聞け」



女が黙る。



「俺が嫌なんだよ」



初めて。




幽世比売(かくりよひめ)の表情が止まった。





「凛に手を出すな」





「関係ない奴を巻き込むな」





「それが出来ないなら」





尾鹿は少し笑った。





「もう話しかけるな」





沈黙。






長い沈黙。







やがて。







女は俯いた。







どこか。







悲しそうに。







そうですか







尾鹿は何も言わない。







ごめんなさい







その言葉と同時に。







頭痛が消えた。







耳鳴りも。







画面の光も。





全てが消える。



気付けば。


店内には尾鹿一人だけが残されていた。





翌日。





凛から連絡が来た。




鏡には何も映らない。





通知も来ない。





知らない女もいない。





どうやら終わったらしい。





尾鹿はスマホを置いた。





そして。





その夜。





閉店後。





一人でグラスを洗っていた時。





ふと。


後ろから声がした。




貴方様



尾鹿は目を閉じた。


「まだいるのか」





はい






尾鹿はため息を吐く。





「凛にはもう近付くなよ」






少しの沈黙。







はい





「店の客にも手を出すな」





善処します





「おい」


初めて少し笑う。





努力します







「そうかよ」







グラスを洗う。







静かな店内。







やがて。







尾鹿は面倒臭そうに呟いた。







「話し相手くらいにはなってやる」







沈黙。







本当ですか







どこか嬉しそうな声。






「その代わり」


「仕事の邪魔はするな」






はい







尾鹿は頷く。


「ならいい」


その時。


どこかで。


女が笑った気がした。






BAR 命の灯火。







今夜もまた。







厄介な客が増えたらしい。

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