第四話 来訪:「暗いね」と、真奈は言った。
第四話では、東京の友人たちが工房を訪ねてくる話です。
連休の前日、深い青がようやく完成しました。真奈は「暗いね」と言った。悪意はなかった。それがかえって、どうしようもなかった。よろしければお付き合いください。
連休の前日、深い青が完成した。
型から外すと、思っていたより重かった。手の中に収まるくらいの大きさで、表面はなめらかで、光の角度によって色が変わった。暗い場所では黒に近く、窓際に持っていくと、深い青が透けて見えた。
凪はしばらく、それを手の中で転がした。
きれいとは言いにくかった。
でも、これだった。
作業台の隅に置いた。
明日、真奈たちが来る。
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四人で来た。
真奈と、大学時代の友人が三人。全員、東京に住んでいた。
レンタカーで工房に着いたのは、昼過ぎだった。窓を開けたままにしていたから、潮のにおいが部屋に満ちていた。
「すごい、海が目の前じゃん」
最初に声を上げたのは、真奈だった。
「毎日これが見えるの?最高だね」
凪は「まあね」と言って、お茶を出した。
四人は工房の中を見回した。壁に掛けてある作品、作業台の上の道具、窓から見える海。
「全部、凪が作ったの?」
「そう」
「すごいね。売れてるの?」
「少しずつ」
会話が弾んだ。東京の話、共通の友人の近況、誰かが転職したという話。凪は相槌を打ちながら、お茶を飲んだ。
久しぶりに会う顔だった。懐かしかった。
真奈とは、大学の頃から長い。東京に出てきた最初の夜、知り合いが誰もいない街で、真奈だけが連絡をくれた。ご飯行こう、それだけだった。その一言がなかったら、もう少し早く沖縄に戻っていたかもしれない、と凪はときどき思う。
一度だけ、真奈と沖縄の話をしたことがあった。東京に来て三年目の夏、居酒屋で。真奈は「いつか住んでみたい」と言った。「海が近いって最高じゃん」と。凪は「そうだね」と返した。それ以上、話さなかった。住みたい、という気持ちと、ここでなければ作れない、という感覚が、同じ言葉では説明できないことを、その頃からわかっていた気がする。
でも、どこかが、少しずれていた。
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真奈が作業台の隅に気づいたのは、一時間ほど経ってからだった。
「これ、新しいやつ?」
深い青を手に取った。
窓際に持っていって、光に透かした。
何も言わなかった。
「……暗いね」
悪意はなかった。ただ、思ったことを言っただけだった。
「うん」
「売れる?これ」
凪は少し間を置いた。
「わからない」
「さっきの、ジンベエザメのやつの方が好きだな。あっちの方が沖縄っぽくて」
他の三人も覗き込んだ。
「確かに、ちょっと重たい感じがする」
一人が手に取った。
「あ、ほんとだ。思ったより重い」
「でもこれはこれで、なんか深みがあるよね」
「アート系の人には受けそう」
それぞれが、何かを言った。
凪は「そうかもね」と言って、笑った。
笑いながら、あの感覚が戻ってきた。
悪意のない遠さ。
だからこそ、どうしようもなかった。
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夕方、四人は海沿いのレストランに行った。
凪も誘われたが、断った。
「仕事が残ってるから」
嘘ではなかった。でも全部でもなかった。
一人になった工房で、凪は作業台の前に座った。
深い青を手に取った。
暗いね、という真奈の声がまだ耳に残っていた。
売れる?という声も。
間違ってはいなかった。真奈は正しかった。これは売れないかもしれない。観光客が「沖縄の海みたい」と言って買っていくものでは、ない。
でも。
凪は深い青を窓際に持っていった。
夕暮れの光の中で、色が変わった。
作業台の隅から、灰色の石を取り上げた。
深い青の横に、そっと並べた。
暗い青の奥に、何かが透けて見えた。
誰も「沖縄の海みたい」とは言わなかった。
凪はしばらく、その青を見ていた。
椅子に座って、窓の外を見た。
夕暮れの海は、オレンジと紫に染まっていた。
きれいだった。
うるさかった。
全部が混ざっていた。
読んでいただきありがとうございます。
真奈は間違っていなかった。でも凪には届かなかった。悪意のない遠さというのは、そういうものだと思って書きました。
次話では、台風の夜に母が工房を訪ねてきます。




