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【連作短編040】 レジンの海 全6話 ―持ち帰れた海と、持ち帰れなかった海―  作者: マチャオ (Machao)


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第二話 東京:沖縄の海を閉じ込めたかった。でも、肝心なものが入っていなかった。

第二話では凪の東京時代を描きます。

同じ材料で、同じように作っても、どこかちがった。その理由がわからないまま、三年、五年、六年と過ぎていく話です。よろしければお付き合いください。

東京でも、海は作れた。


材料は揃っていた。エポキシ樹脂、顔料、シリコン型。ネットで注文すれば翌日には届いた。沖縄で使っているものと、ほぼ同じだった。


それでも、できあがるものが、どこかちがった。


作業台の隅に、小さな石が一つ置いてあった。

沖縄の浜で拾った石だった。灰色で、平たくて、特別きれいというわけでもない。引き出しの奥に眠っていたものを、東京に来るとき、なんとなく持ってきた。


制作中、行き詰まると、その石を手の中で転がした。

ひんやりして、重さがあった。

でも、輝かなかった。浜で見たときの、あの輝きは、もうなかった。


色は合っている。混ぜ方も同じだ。硬化時間も、気泡の抜き方も、何一つ変えていない。なのに、並べて見ると、すぐにわかった。


嘘くさい。


その言葉が浮かぶたびに、凪は首を振った。おかしい。材料は同じなのに。技術だって落ちていない。なのに、なぜ。


わからなかった。


わからないまま、三年が過ぎた。


---


東京に出たのは、二十二のときだった。


色を扱う仕事をしたかった。沖縄にいたら、その道は細かった。


仕事は面白かった。


毎朝、駅から会社まで歩いた。十分ほどの道だった。排気ガスと、コーヒーと、誰かの香水。においはいつも分離されていた。混ざらなかった。それが普通だと、しばらくは思っていた。


レジンアートを始めたのは、東京に来て四年目のことだ。型に流し込んだ瞬間、何かが動いた。色が混ざり合い、層を作り、ゆっくりと固まっていく。その過程が、どうしても目を離せなかった。


テーマは決まっていた。海だった。


沖縄の海を、閉じ込めたかった。


---


何年か経って、凪は自分の作品を並べて見た。


並べて見ると、どれも同じ海だった。


晴れた日の、明るい青。観光地のポスターに使われるような色。誰が見ても「きれい」と言う色。


それが間違いだとは思わなかった。


ただ、自分が知っている海は、これだけじゃない、という感覚が、じわじわと滲んできた。


腐った海藻のにおい。

鉛色の雨の日。

夏が終わった後の、少し寂しい波の音。


そういうものが、樹脂の中にはなかった。


閉じ込めたいと思っていたのに、肝心なものが入っていなかった。


---


五年目の春、同期の結婚式で沖縄に帰った。


空港を出た瞬間だった。


においが来た。


潮と、土と、どこかの食堂の油と、熱を帯びたアスファルトと、名前のつかない何かが、全部一度に押し寄せてきた。


凪は立ち止まった。


タクシーを待つ人たちが、脇を通り過ぎた。


においをかいだ。


胸の中で、何かが動いた。


これだ、と思った。


何がこれなのか、その時はまだわからなかった。


---


東京に戻ってから、また作った。


同じ材料で、同じ手順で。


やっぱり、ちがった。


凪は、完成した作品を見つめた。


きれいだった。

嘘くさかった。


その夜、久しぶりに実家に電話した。


母が出た。


「元気?」


「元気だよ」


「仕事は?」


「忙しい」


「そう」


少し間があった。


「帰ってくるの?」


「うーん」


答えが出なかった。


帰る、という言葉が、喉のあたりで止まった。帰りたいのか、帰りたくないのか、自分でもよくわからなかった。


結局その夜は、答えを出せないまま電話を切った。


---


転機は、些細なことだった。


六年目の夏、仕事でミスをした。


大きなミスではなかった。でも、上司に呼ばれて、長い時間かけて説明を求められた。凪は答えた。答えながら、どこかが遠くなっていく感覚があった。


この仕事が嫌いになったわけではなかった。


ただ、帰り道に川沿いを歩きながら、ふと思った。


今日、何かを聞いたか。


川の音がした。整理された、静かな音だった。

車の音、風の音、遠くの電車。東京の音は、いつもそうだった。重ならない。混ざらない。それぞれがきちんと分離されて、耳に届いた。


沖縄のあのぐちゃぐちゃは、ここにはなかった。


凪は立ち止まり、川を見た。


水面が、街の光を映して揺れていた。


きれいだった。


でも、何も混ざっていなかった。


---


帰ってきたのは、その年の秋だった。


実家に戻るつもりはなかった。海沿いの集落に、古い空き家を借りた。工房にするために。


荷物を運び込んだ日、窓を開けた。


においが来た。


あの、ぐちゃぐちゃのにおいが。


凪はしばらく、窓の前に立っていた。


帰ってきた、という実感が、においと一緒に体に入ってきた。


嬉しいとか、正しいとか、そういうことではなかった。


ただ、ここでなければ作れないものがある、という確信が、静かにそこにあった。


言葉にはならなかった。


今も、できない。


でも、あの日窓を開けたときのことは、七年経った今も、はっきり覚えている。

読んでいただきありがとうございます。

凪が東京で抱えていた「嘘くさい」という感覚——材料も技術も同じなのに、なぜできあがるものがちがうのか。その答えは、まだ出ません。

次話では、同じ帰省の夜、凪が海沿いで感じたことを描きます。

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