第二話 使用人と思われても
こうして、私は使用人として彼の世話をすることになった。
最初の日、彼はほとんど起き上がれなかった。
薬湯を冷まし、匙で少しずつ口元へ運ぶ。
苦い匂いが部屋に広がると、彼はわずかに顔をしかめた。
「苦いですか」
「ああ。ひどい味だ」
「申し訳ありません。けれど、飲まなければ熱が下がりません」
「君が作ったのか」
「はい。薬屋に薬草の扱い方を聞きました」
「なら、飲もう」
私は匙を持つ手を止めた。
彼は自分の言葉に気づいていないようだった。
私も気づかなかったふりをして、薬湯を口元へ運ぶ。
彼が飲み下すたび、喉がかすかに動く。
ほっとして布で口元を拭おうとした時、彼の視線が私の手に落ちた。
「その手は」
私は慌てて手を引いた。
「お見苦しいものをお見せしました」
「いや、そうではない。荒れている」
「薬草を扱いますので」
「僕の看病で?」
「使用人ですから」
そう言うと、彼は黙った。
責められると思った。こんな手で触れられるのは不快だったのかもしれない。
けれど次に薬を飲ませる時、彼は布ごしに器を受け取った。
私の指に直接触れないように、慎重に。
その遠慮が、少しだけ悲しかった。
もう、私に触れたくないのだろうか。
けれど彼は器を返す時、低い声で言った。
「痛むなら、薬を塗った方がいい」
「私のことはお気になさらず」
「気になる」
顔を上げると、彼は視線を逸らしていた。
「僕の世話をする者が倒れたら困るからな」
「……はい。ありがとうございます」
そうだ。使用人が倒れたら困る。
ただ、それだけのことだ。
二日目の朝、私は硬くなったパンを薄いスープに浸して、彼に出した。
野菜くずと塩だけのスープだったが、病み上がりの胃にはその方がよい。
匙を渡すと、彼は器の中を見てから、私を見た。
「君の分は?」
「私は先ほどいただきました」
「どこで」
「台所で」
「この部屋に台所はない」
しまったと思った。
この部屋には、小さな炉と水桶があるだけだ。台所など呼べる場所ではない。
私は笑ってごまかす。
「言葉のあやです」
「エラ」
名を呼ばれて、指先が震えた。
「君は、嘘が下手だな」
「……申し訳ありません」
「謝らなくていい」
アベルはパンを二つに割り、私の皿へ置いた。
「食べなさい」
「ですが、アベル様のお食事が」
「僕は病み上がりだ。そんなに食べられない」
「でも」
「命令だ」
子爵家の次男らしい、少しだけ高慢な言い方だった。
昔の彼なら、こんな言い方はしなかった。私に命令することなどなかった。
あぁ、本当に私のことを忘れてしまったのだと、改めて思い知らされる。
けれど、彼が置いたパンは、明らかに私のものの方が大きかった。
湯気の消えたスープにパンを浸す。口に入れると、塩気が舌に広がった。
いつもより少しだけ、味が濃い気がした。
「君は」
彼が言いかけて、眉間を押さえた。
「どうなさいました?」
「いや……」
「頭が痛みますか」
「少しだけ。君が食べているのを見たら、なぜか……」
「なぜか?」
「もっと食べさせなければならない気がした」
胸がぎゅっと縮んだ。
それは、かつて彼が何度も言ってくれたことだった。
もっと食べて。君はすぐに僕へ譲る。二人で暮らすのだから、一人で我慢しないで。
けれど彼は覚えていない。
覚えていないから、今の言葉も偶然だ。
「アベル様は、お優しいのですね」
やっとのことでそう言うと、彼は困ったように私を見た。
「優しさだけで、こんな気持ちになるものかな」
「え?」
「いや。何でもない」
彼はスープへ視線を戻した。
私はパンを飲み込む。
喉の奥に、硬い塊が残ったようだった。
三日目の夜、雨が降った。
窓枠から染み込む冷気で、部屋はひどく冷えた。
アベルに毛布をかけ直し、濡れた布を取り替える。
熱は少し下がったが、まだ体力は戻っていない。
私は椅子に座ったまま、彼の寝息を聞いていた。
眠ってはいけない。そう思っていたのに、いつの間にか意識が薄れていた。
喉に咳が絡む。慌てて手で口元を押さえた。
彼を起こしてはいけない。何度も息を止め、胸の奥を押さえ込む。
「エラ」
目を開けると、アベルがこちらを見ていた。
「申し訳ありません。起こしてしまいましたか」
「寒いのか」
「いいえ」
「また嘘か」
「本当に、大丈夫です」
彼はゆっくりと体を起こそうとした。
「いけません、まだ安静に」
「なら、君がこちらへ来るといい」
「はい?」
「その椅子では眠れないだろう。床も冷える。少しだけ寝台の端を使え」
私は息をのんだ。
「できません。私は使用人です」
「使用人は凍えてもいいのか」
「そういう意味では」
「では、どういう意味だ」
詰まった私に、彼は毛布を差し出した。
「来ないなら、これを使いなさい」
「ですが、それではアベル様が」
「僕はもう一枚ある」
「一枚しかありません」
「では、半分使えばいい」
あまりに当然のように言うので、胸が痛くなった。
昔の彼も、そうだった。
寒い日は必ず毛布をかけてくれた。
自分の肩が冷えていても、私の手と体が温まるまで離さずに。
「お気遣いはありがたく存じます。けれど、私は本当に大丈夫です」
「なぜそんな顔をする」
「顔、ですか」
「泣きそうな顔だ」
彼の声が低くなり、私は慌てて笑った。
「眠いだけです」
「エラ」
「はい」
「僕は、君に泣かれると困る」
心臓が跳ねた。
アベルは自分でも戸惑ったように唇を閉じた。
「……なぜかは、わからないが」
雨音が窓を叩く。
私は差し出された毛布を、ゆっくり受け取ると、冷えた指に布のぬくもりが染み込む。
「ありがとうございます」
「礼はいらない」
「いいえ。ありがとうございます、アベル様」
彼はしばらく私を見ていた。
その視線が、あまりにも優しくて。
私は毛布に顔を伏せた。そうしなければ、今度こそ泣いてしまいそうだった。
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