第9話 社交界という舞台
本作は70話完結予定です。毎日5話ずつ更新します。本話は18:00投稿分です。面白ければ評価をいただけると励みになります。
昼の集まりは、伯爵令嬢が主催する小さな会だった。
十二人ほどが集まり、お茶を飲みながら花の話や流行の話をする。夜会より規模は小さいが、人の目はどこでも同じだ。誰がどこにいて、誰と話していて、誰がどんな服を着ているか——社交の場では、すべてが見られている。小さな会の方が、むしろ一人ひとりの動作がよく見える。
エルナは端の席に落ち着いて、隣の令嬢と今季の刺繍の話をしていた。
「この花柄が今年は流行っているみたいね」と令嬢が言った。「エルナさんはどんな柄がお好き?」
「幾何学模様の方が得意です。細かい作業が好きなので」
「まあ、薬師をされているくらいですから。指先が器用なのね」
そうかもしれない、とエルナは思いながら微笑んだ。手先の細かさは薬師の仕事にも確かに役立つ。薬草を刻む作業や、処置の際の動作にも。
テレーズが来たのは、開始から三十分ほど経ったころだった。
「ごめんなさいね。来られるかどうかわからなくて、遅くなってしまって……」
引き戸を開けたテレーズの顔は白く、声が細かった。今日の白粉の量は多い、とエルナは見た瞬間に思った。
「テレーズさん、無理して来てくれたの?」
「体調が悪いのに……」
「でも皆のお顔を見ると元気が出るから。家にいるだけだと、どんどん気が沈んでしまって」
令嬢たちが自然にテレーズを囲んだ。席を近くに引き寄せて、クッションを勧めて、飲み物を隣に置いてあげる。テレーズが「ありがとう」と言うたびに、令嬢たちの表情が柔らかくなった。この動き方は、いつも同じだ。テレーズが来ると、令嬢たちが自然と集まる。それが繰り返されることで、テレーズのために動くことが「当然のこと」になっていく。
「最近また体調が悪いって聞いていたわ」
「クロード様もいつも心配されているって」
「あのお方は本当に優しいのね」
テレーズが少し俯いた。「クロード様には、心配かけてばかりで……本当に申し訳なくて。でも……心配してくださる方がいると、頑張れる気がして」
「それは素直に甘えていいのよ」と令嬢の一人が言った。「テレーズさんが体を大事にしてくれる方が、周りも安心するもの」
テレーズが微笑んで頷いた。その笑顔を、エルナは端から見ていた。
エルナはその輪から少し外れた場所にいた。カップを持ちながら、観察していた。
今日のテレーズの呼吸:乱れていない。肩の高さが左右均等だ。「胸が苦しい」と言うならば、右か左どちらかに力みが出るはずだが、出ていない。声は細いが、これは意図的に細くしているように聞こえる。本当に体力が落ちているときの声は、もう少し掠れる。乾いた感触が出る。今日の声にそれはない。
そして今日のテレーズは、ハンカチを口元に当てる動作が多かった。先月のお茶会では扇だった。扇と同じ機能だ——口元を隠しながら、視線を引きつける。小道具が変わっても、使い方は同じだ。それが自然に見えるように選ばれているのだ、とエルナは思った。
「エルナさんも、テレーズさんのこと心配でしょう?」
隣の令嬢が小声で言った。
「ええ」
嘘ではない。ただし、病気を心配しているわけではない。
「クロード様もいつも付き添って……あなたも、内心は複雑じゃないかしら」
「クロード様がテレーズ様のことを気にかけるのは、当然のことだと思っています」
「あなたって心が広いのね」
そういうことにしておく方が簡単だ、とエルナは思った。何が「心が広い」で、何が「気づかないふり」なのか、その区別を説明する気にはなれなかった。
会が終わりに近づいたころ、クロードが現れた。
「テレーズが来ていると聞いて」
「クロード様!」
「無理するなと言ったのに。大丈夫か?」
クロードがテレーズの隣に腰を下ろした。周囲の令嬢たちが自然に引いて、二人のための空間ができた。
エルナはその場面を、遠くから見ていた。
「エルナ、今日も来てくれていたんだな」
クロードがこちらに気づいて声をかけた。
「はい。よい会でした」
「そうか。……テレーズのことも、気にかけてやってくれると助かる。エルナが薬師だから、何かあったときに頼めると思って」
「もちろんです。何かあればすぐに」
「ありがとう。頼りにしているよ」
クロードはそう言って、またテレーズの方を向いた。テレーズが「クロード様、少し外が見たい」と言うと、クロードが立ち上がって窓を開けた。二人のやり取りを、令嬢たちが微笑んで見ていた。
エルナはその場面を、遠くから見ていた。
帰り道、エルナは帳面を開いた。今日の記録を書きながら、扇のことを思い出した。
「動作の代替として布を使用。扇と同じ効果を持つ可能性あり。ハンカチは口元を隠しつつ、視線を集める点で扇と機能が重なる」
一行空けて続けた。
「来週の花茶会にも参加する予定と本人が言っていた。次の観察機会あり」
帳面を閉じると、窓の外が夕暮れになっていた。次の茶会まで、あと一週間。エルナはその日のことを考えながら、馬車の揺れに身を任せた。テレーズが扇の次にハンカチを使い始めた。小道具が変わっても、目的は同じだ。記録を重ねるたびに、何かが少しずつ、はっきりしてくる。




