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仮病だと知っていましたよ、殿下。あなたを愛していた頃から。今は愛していないので、失礼します  作者: ヲワ・おわり


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第68話 私も、ここに来てよかったと思っています

 午前中の薬草整理を終えた後、エルナは廊下を歩いた。


 今日、言う。それは今朝起きた時から決まっていた。機会があれば今日中に言う、と決めていた。廊下の窓から外を見ると、曇っていた。でも雨ではない。今日も仕事ができる天気だ。


 今朝、部屋で声に出して確認した。「私も、ここに来てよかったと思っています」——声に出すと、正確だとわかった。思い込みではなく、事実として言える言葉だった。辺境に来てよかった。それは本当だ。だから言える。難しくない。本当のことを言えばいい。


 医療拠点から本館の廊下に入ったところで、ライナルトがやってきた。向こうから歩いてきた。気づいて、足を止めた。エルナも足を止めた。廊下の真ん中で、二人が向き合った。


「昨日は——」エルナが先に口を開いた。


「ああ」ライナルトが静かに答えた。「受け取ってくれたか」


「はい」エルナは答えた。「ありがとうございました。あの言葉を、きちんと受け取りました」


 ライナルトが少し頷いた。何か言おうとした。エルナが先に続けた。


「私も——」


「ん」


「ここに来てよかったと、思っています」


 廊下が静かになった。エルナはライナルトを見た。ライナルトがエルナを見た。


「辺境に来て、薬師の仕事ができています」エルナは続けた。「フリスと一緒に村を診ることができています。記録が役に立っています。疫病の前兆を見つけることができました」少し間を置いた。「——そして、あなたのそばで仕事ができています。それが今のエルナにとって、大事なことです」


 「あなたのそばで」——その言葉が出た。出てしまった、ではなく、出た、だった。本当のことを言えば、そうなった。


 ライナルトが少し、表情が変わった。昨日も見た顔だった。固かったものが溶けた、という顔だった。でも今日はもう少し明確だった。何かが緩んでいた。笑う、とは少し違う。でも、笑う一歩手前だった。


「……そうか」とライナルトが言った。声が、少し違った。エルナはそれに気づいた。低くなった、のではない。柔らかくなった、という感じだった。ヴェルガーが「声の調子が違う」と言っていた。今日の「そうか」が、それだ、とエルナは思った。


「はい」


「返してくれた」ライナルトが言った。「ありがとう」


「いいえ。昨日の言葉に、返せてよかったです」


 また少し静かな時間があった。廊下の奥でヴェルガーが書類を抱えて歩いていた。エルナとライナルトが廊下で向き合っているのを見て、少し足を止めた。見ていた。距離があったので声は聞こえていないはずだ。でもヴェルガーは見ていた。


「仕事がある」ライナルトが言った。「今日の夕方に、診察の報告を頼む」


「はい」


 ライナルトが去った。


 エルナは廊下に残った。ヴェルガーが近づいてきた。少し驚いた顔をしていた。「エルナ様、今——辺境伯が……」


「はい」


「……笑われましたか」


「表情が変わりました」エルナは答えた。「笑う、とは少し違うかもしれませんが」


「私はあの方に長年仕えておりますが」ヴェルガーが少し声を落とした。「あの顔を見たのは——初めてです」


「そうですか」エルナは答えた。


「エルナ様」ヴェルガーが少し続けた。「少し前に「辺境伯はあなたのことを特別に見ている」と申し上げました。今日、それが正しかったと思いました」


「あなたの観察は、正確でした」エルナは答えた。「教えてくれてありがとうございます」


 ヴェルガーが去った後、エルナは廊下を歩いた。診察に向かいながら、少し軽かった。今朝「今日言う」と決めて、言えた。「あなたのそばで仕事ができています」——言ってしまった後で少し止まったが、後悔はなかった。本当のことだったから。


 午後の診察を終えて戻った時、エルナは少し足取りが軽かった。患者の顔を見て、薬草を確認して、記録をつけた。いつもと同じ仕事だった。でも今日は、仕事の合間に何かが違った。廊下ですれ違う人の顔が、少し違う角度から見えた気がした。言葉を返せた後、というのはこういう感じなのかもしれない、とエルナは思った。夕方に空を見た。曇っていたが、光は差していた。今朝見た空と同じ空だ。でも今朝より、少し近かった。


 夕方の診察報告では、ライナルトと仕事の話をした。今日の患者の状況、薬草の補充状況、冬に向けた準備の確認。短い報告だった。ライナルトは聞きながら少し頷いた。エルナが報告を終えると、「わかった」と言った。それだけだった。朝の廊下のことは、出なかった。でも出なくてよかった。あれは朝で終わったことだ。仕事の話は仕事の話として、別に持てる。それができるのが、この人だ、とエルナは思った。夕方の仕事は夕方の仕事だ。それでよかった。


 夜、帳面を開いた。今日は何を書くかわかっていた。「「私も、ここに来てよかった」と言えた。「あなたのそばで」という言葉も出た。後悔はない。本当のことを言えた。ヴェルガーが「初めて見る顔だった」と言った。それが今日の記録だ」と書いた。書いて、帳面を閉じた。辺境の夜が来る。父から最後の手紙が来るかもしれない。王都のことが、また動いているかもしれない。でも今夜のエルナには、今日の廊下のことの方が、ずっと、現実だ。

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