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仮病だと知っていましたよ、殿下。あなたを愛していた頃から。今は愛していないので、失礼します  作者: ヲワ・おわり


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第60話 ここの方が、ずっと必要とされている

 父の次の手紙は、三日後に届いた。


 封を切った。父の手紙はいつも短い。今回も短かった。「エルナへ。続報を伝える。テレーズ嬢は侯爵家の判断で、当面の社交活動を休止することになった。クロード殿下は侯爵家との関係を公式に整理し始めている、との情報が入った。ダルトン家の判断は正しかったと、周囲も認め始めている。お前の記録が役に立った。辺境での仕事を続けなさい。父より」


 手紙を閉じた。「そうですか」と声に出した。部屋には誰もいない。


 感情は動かなかった。怒りが来るかと思った。あるいは、何かが解放されるような感覚が来るかと思った。でも来たのは「そうですか」だった。それだけだった。テレーズが社交界から身を引いた。クロードが侯爵家との関係を整理している。ダルトン家の判断が正しかったと周囲に認められている——二年間の記録が、こういう形で結実した。正しいことが正しく動いたということだ。それで十分だ。


 父が「お前の記録が役に立った」と書いた。父が直接そういう言葉を書くことは珍しい。感情を表に出さない人だ。でも今回は書いた。その一文に、いつもより少し重さがあった。王都にいた頃の自分が書き続けた記録に、父が「役に立った」と言っている。その言葉を受け取って、少し止まった。受け取れた。それだけで十分だった。


 「記録が役に立った」——ソーリーが動いてくれて、父が動いてくれて、エルナが二年間書き続けた記録が、正式な場所に入った。その結果として今、テレーズが身を引き、クロードが信頼を失いつつある。この流れは、誰か一人の力ではない。でもエルナの記録がなければ、始まらなかった流れだ。それを、今夜受け取った。


 窓の外を見た。辺境の夕方だ。空が赤くなっている。遠くに山の稜線が見える。辺境に来て、もうすぐ二ヶ月になる。最初の日、馬車から見た景色は知らない土地のものだった。今は、見慣れた景色だ。あの山の向こうに雪が積もると、冬になる。フリスがそう言っていた。冬になれば、診察の頻度が上がる。今よりも忙しくなる。


 机の引き出しに手紙を入れた。仕舞いながら、少し考えた。王都のことは終わった、という感覚がある。終わったというより——そちらで起きることを、エルナが心配する必要がなくなった、という感覚だ。正しいことが正しく動いている。確認したら、あとはここの仕事に戻ればいい。それで十分だ。


 二年前の自分が、今の自分を想像できただろうか。辺境にいて、疫病の前兆を早期発見して、辺境伯に認められて——王都にいた頃のエルナには、予測できなかった場所にいる。でもここが、今の現実だ。


 帳面を開いた。今日の記録を書く。「父より二通目の手紙。テレーズ嬢、社交活動休止。クロード殿下、侯爵家との関係整理中。ダルトン家の判断、周囲に認められつつある。「お前の記録が役に立った」との言葉を受け取った。感情は動かなかった。そうですか、だった。それで十分だ」——書いて、一度ペンを置いた。記録すると、頭が整理される。今日起きたことが、適切な場所に入る。


 扉をノックする音がした。「どうぞ」と言うと、ヴェルガーが顔を出した。「エルナ様、辺境伯より本日の医療報告書の確認が終わったとのことです。また——」少し間を置いた。「明日も頼む、とのことです」


「わかりました。お伝えください」


「それと」ヴェルガーが続けた。「隔離スペースの改修について、大工との打ち合わせの日取りが決まりました。明後日の午前中です。フリス様にもお伝えしてあります」


「ありがとうございます」


 ヴェルガーが下がった。


 明日も頼む——その言葉が、今夜の王都の手紙より重かった。テレーズが身を引いた話より、クロードが関係を整理した話より、ここで明日も仕事がある、という事実の方が、エルナには現実感があった。王都では、そういう言葉が来なかった。「明日も頼む」に相当する言葉が、婚約者の口から来たことはなかった。エルナがいることが当然で、いなければ代わりがくる——そういう立場だった。ここは違う。


 帳面にもう一行書いた。「辺境伯より、「明日も頼む」」と。それから少し止まって、もう一行書いた。「ここの方が、ずっと必要とされている」と。


 書き終えて、筆を持ったまま少し止まった。


 ここ数日のことが浮かんだ。日誌を見せたこと。薬草庫に来て「それは薬師の仕事ではない」と言ったこと。今夜の「明日も頼む」。あの人は、礼儀正しい。適切な言葉を、適切な場面で使う。——それだけだ。


 ——それだけ、だろうか。


 エルナは少し止まった。その問いを打ち消した。余計なことを考えた。帳面を閉じた。燭台の火を見た。揺れている。外で風が鳴った。辺境の夜の音だ。この音に慣れた。慣れることは、ここが自分の場所になっているということだ。明日も仕事がある。それだけを考えればいい。大工との打ち合わせがある。フリスと話すことがある。記録を続ける。それがここでの毎日だ。その毎日が、今のエルナのものだ。王都での二年間があって、この辺境に来た。その道筋の全部が、今の自分につながっている。辺境の夜はまだ長い。もう少し、記録を続ける。それが今夜の終わり方だ。明日からまた、新しい一日が始まる。辺境の夜が深い。

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