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仮病だと知っていましたよ、殿下。あなたを愛していた頃から。今は愛していないので、失礼します  作者: ヲワ・おわり


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第5話 お茶会の演技

本作は70話完結予定です。毎日5話ずつ更新します。本話は21:00投稿分です。面白ければ評価をいただけると励みになります。

 ヴェルニエ侯爵邸のお茶会は、月に一度の定例行事だった。


 庭に面した明るい応接室に、令嬢たちが十数人集まる。侯爵夫人が主催し、婚約候補や縁のある家の娘たちが顔をつなぐ場だ。エルナは婚約者としてこの席に毎月呼ばれてきた。庭から切り花が持ち込まれ、磁器のカップに温かい茶が注がれ、小さなケーキが並ぶ。見た目だけを言えば、穏やかで美しい席だ。


 今日のテレーズは、到着してすぐに席についた。顔色がいつもより白い。白粉を多めに使っているのだろう、とエルナは一目見て思った。薬師としての観察が、意識せずに動く。


「テレーズさん、また体調が悪いの?」


「少し……胸が苦しくて。今日は来ようか迷ったのだけれど、皆のお顔を見たくて」


 声が細かった。そのまま消えてしまいそうな、儚い声だ。


 周囲の令嬢たちがすぐに動いた。席を引き寄せて、クッションを用意して、飲み物を近くに置く。テレーズが俯いて「ありがとう」と言うと、令嬢たちがいっせいに「大変だったのね」「無理しないで」と言う。その動きが、とても滑らかだった。まるで何度も繰り返してきた動作のように。実際、繰り返してきたのだ。


「よろしければ、診させていただきましょうか」


 エルナは自然な口調で申し出た。このお茶会でも何度かやっている。令嬢たちが期待するように視線をテレーズに向けた。


 テレーズがエルナを見た。一瞬、何かが視線の奥を通り過ぎた。


「エルナさん、ありがとう。でも大丈夫よ。いつものことだから」


 穏やかに、しかしはっきりと断られた。「いつものこと」——その言葉は使い慣れていた。


「そうですか。では、お水をお持ちしますね」


 立ち上がって給仕に頼みながら、さりげなく観察する。呼吸のパターン:乱れていない。肩の高さが左右均等だ。胸が苦しいなら体が前に丸まるはずだが、背筋は伸びている。胸に当てている手の力みも、本当に苦しいときとは質が違う。本当に具合が悪いとき、人は美しい姿勢を保てない。


 水を渡して席に戻った。


「ありがとう、エルナさん」


 テレーズが水を受け取り、一口飲んだ。その所作が丁寧で、乱れがない。本当に体が辛ければ、動作に粗さが出る。今日の動きは作られた繊細さだ——そうエルナの目は判断した。それを言葉にしたとしても、誰も信じないだろう。「薬師のエルナさんがそう見たとしても、テレーズ様は本当に体が弱くて」と言われるのがわかっていた。


「エルナさんって、クロード様のことが心配じゃないの?」


 隣の令嬢が小声で聞いてきた。


「何が、ですか」


「クロード様がいつもテレーズさんのそばにいるじゃない。婚約者なのに」


「クロード様がテレーズ様のことを気にかけるのは当然です。幼馴染ですから」


「でも——」


「私は大丈夫です」


 令嬢が引き下がった。


 その後、会はいつも通りに続いた。テレーズが時折胸に手を当て、令嬢たちが気を遣い、エルナは端で穏やかに話しながら観察を続けた。


「クロード様が心配していらっしゃるでしょうね」と令嬢の一人が言った。「テレーズさんのことを、あんなに気にかけて」


「そうね、本当に」とテレーズが少し俯いた。「申し訳ないわ、いつも心配かけてしまって」


 その言葉を、エルナは聞いていた。申し訳ないと言いながら、「いつも心配かけてしまって」の部分だけが——なぜか誇らしそうに聞こえた。聞こえた、というのは気のせいかもしれない。声の質は変わっていない。でも、言葉の選び方が。


 診察の申し出を断ったのに、テレーズは今もこうして「体調が悪い様子」を演じ続けている。その一貫性が、逆に何かを示している、とエルナは思った。


 帰り際、テレーズが近くに来た。


「エルナさんって、いつも穏やかで素敵ね。あなたみたいに落ち着いていられたら、私だって……」


「そうでしょうか」


「うん。クロード様がこんなに私のそばにいてくれるのを、婚約者の立場で見ていて、何も思わないの? 私だったら悲しくて」


 エルナはテレーズを見た。


 その言い方が、少し不思議だった。「クロード様がこんなに私のそばにいてくれる」——そこにある「私」の使い方が、あまりにも自然だった。婚約者はエルナだ。でもテレーズはその関係を意識していないかのように、「私のそばにいてくれる」と言った。気づいていないのか。あるいは気づいた上で、そう言っているのか。


「テレーズ様のことを、クロード様はとても大切にしていらっしゃるのでしょう。幼い頃からのご縁がおありですから」


「……ありがとう、エルナさん。あなたって本当に素敵よ」


 テレーズが微笑んだ。令嬢らしい、可愛らしい微笑みだった。その笑顔に、エルナは何も言えなかった。言える言葉がなかった。


 馬車の中で帳面を開いた。今日の観察記録、テレーズの言動、診察の申し出とその断り。書き終えて最後に一行足した。


「なぜ、診察を拒むのか。答えは一つしかない——だが、今はまだその先を書かない。書く必要が生じたときに、書く」


 帳面を閉じると、夕暮れの王都が馬車の窓の外を流れていった。診察を拒む理由が一つしかないなら、その一つが正しい理由だ。そしてもし正しいなら、この二年間の記録は——考えかけて、止めた。今はまだ、その先を考える時ではない。

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