表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
仮病だと知っていましたよ、殿下。あなたを愛していた頃から。今は愛していないので、失礼します  作者: ヲワ・おわり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
42/70

第42話 書状の通りの人

 城館に着いたのは、夕暮れ時だった。


 丘を登る道の途中から、建物の全体が見えた。石造りで、高い塔が二本ある。窓が少なく、実用的な外観だ。装飾が少ない。王都の貴族の邸のような豪華さはないが、頑丈そうで、長い時間をかけて使われてきた建物の落ち着きがある。馬車が門をくぐった。中庭に止まった。


 中に入ると、廊下が広かった。薪を燃やしている暖炉があって、温かい。外の風とはっきり違う温度が体に来た。辺境の夜は冷えるのだと、体でわかった。旅の間もそれを感じてきたが、城館に入って暖かさを感じると、外との差がより鮮明になった。


 補佐官のヴェルガーという男性が出迎えた。四十代の、がっしりとした体格の人だ。日焼けしていて、顔に細かい皺がある。辺境で長く働いてきた顔だ。「遠いところをよくいらっしゃいました」と言って、案内してくれた。「食事の準備ができています。辺境伯は後ほどご挨拶に来られます」と言った。


 案内された部屋は、広くはないが清潔だった。窓から丘の下の村が見える。夕暮れの中で、複数の家から煙が上がっている。人が生活している場所だ。エルナはそれを見ながら、少し緊張していた。到着したという実感が、ようやく来た。ここが、これからの場所だ。


 食事を取った後で、ライナルトが来た。


 背が高い人だった。二十代の後半ほどに見える。ただし、印象は年齢より落ち着いている。衣装は質素だが、姿勢がいい。顔つきが静かだ。余分なものを出さない顔だ。エルナは立ち上がって、礼をした。


「ようこそ。ヴェステル辺境伯ライナルト・ヴェステルです」ライナルトが言った。声が静かだった。


「はじめてお目にかかります。エルナ・ダルトンと申します」エルナは礼をした。「遠路、採用いただきまして、ありがとうございます」


「こちらこそ」ライナルトが言った。「来てもらえて良かった。必要としている。それだけです」


 短い。書状と同じ書き方の言葉だった。必要なことだけを言う。余分がない。エルナは少し安心した。こういう人に、エルナは慣れている。ソーリーと少し似ている。感情を言葉に多く出さないが、言葉が正確だ。「必要としている。それだけです」——その「それだけ」の中に、誠実さがある。王都の社交界で会ってきた人たちの言葉とは、種類が違う。余分を省いた分だけ、残る言葉が重い。


「明日から、ヴェルガーが詳しく案内します」ライナルトが続けた。「医療の現状と、必要なことを説明します。何かあれば、遠慮なく言ってください」


「はい。よろしくお願いします」


「では、ゆっくり休んでください。今日は長旅だったでしょう」


 それだけ言って、ライナルトが部屋を出た。廊下の足音が遠ざかった。


 エルナはヴェルガーを見た。ヴェルガーが少し苦笑いをした。「辺境伯はああいう方です。言葉が少ないのは、感情がないからではありません。むしろ逆で——言葉にする前に、もう動いているような人です。書状も、必要なことだけを書かれます。長い手紙は書かれない」


「書状の通りの方でした」エルナは言った。


「そうですか。どういう意味ですか?」


「無駄な言葉がなかった。でも、必要なことが全部入っていた。書状と同じでした」


 ヴェルガーが少し目を細めた。「そういう言い方をする人は、初めて見ました。たいていは、最初は戸惑います。不愛想だ、と思う人もいます」


「無口とは少し違います」エルナは言った。「言葉を大切にしているように見えます。そういう人は信頼できます」


「なるほど」ヴェルガーが頷いた。「明日の案内を楽しみにしています。ダルトン薬師は、ここで必要なものを見つけると思います。いくらでもあります。残念ながら——いくらでも」


 その「残念ながら」という言葉が、エルナには引っかかった。深刻さが、その一言に入っていた。医療が不足している。それは書状にも書いてあった。でも「いくらでも」という言葉の重さは、明日、実際に見てから理解することになるだろう。


「明日、何を最初に見せていただけますか?」エルナは聞いた。


「医療の拠点——というほどのものではないのですが、城館の一室を使って、患者さんが来ています。そこと、一番近い村を見ていただこうかと思います。村には、年に一度も診察してもらえない方がいます」


「年に一度も」エルナは繰り返した。王都では、患者は毎日来ていた。でも辺境では、診察の機会がほとんどない。


「そうです。薬師がいなかったので。近くの町の薬師が来てくれることはありましたが、半年に一度くらいで——冬はなかなか来られなかったので、冬の間は自分たちで何とかするしかなかった」


 エルナは頷いた。「わかりました。明日、しっかり見せていただきます。できることから始めます」


「ありがとうございます。辺境伯は——何も言わないですが、本当に喜んでいると思います。来てもらえるまで、長い時間がかかりましたから」


 窓の外の村の煙が、暗い空に見えなくなっていた。エルナは帳面を開いた。「辺境伯の城館に到着。ライナルト氏と初対面。書状の通りの人。無駄がなく、誠実。明日から本格的な状況確認を行う。年に一度も診察を受けられない患者がいる」と書いた。仕事が、今日ここから始まった。これが今の、これからずっと、続いていくことだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ