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仮病だと知っていましたよ、殿下。あなたを愛していた頃から。今は愛していないので、失礼します  作者: ヲワ・おわり


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39/70

第39話 全部終わった

本作は70話完結予定です。毎日5話ずつ更新します。本話は18:00投稿分です。面白ければ評価をいただけると励みになります。

 その日は、快晴だった。


 父と一緒に馬車に乗って、手続きの完了場所に向かった。空が高く、風が少し冷たい。秋が深まってきた。馬車の中で、エルナは窓の外を見ていた。王都の街が流れていく。いつも通りの街並みだ。でも今日の自分には、少し違って見えた。


 会場に着いた。侯爵家の書記官が用意した部屋で、両家の代理人が署名をする——正式な手続きだ。エルナは同席した。父の隣に座って、書類が処理されるのを見た。侯爵家の代理人は昨日と同じ書記官だった。表情のない、丁寧な人だ。


 書記官が書類を読み上げた。「ダルトン伯爵家とヴェルニエ侯爵家の間に締結された婚約を、両家の合意のもと正式に解消することを、以下に確認する」——その言葉を、エルナは静かに聞いた。感情的に揺れなかった。ただ、正確に聞いた。「両家の合意のもと」——その言葉が少し引っかかったが、手続きの中では正式な表現だ。向こうが受け入れた、ということだ。


 父が署名した。侯爵家の代理人が署名した。書記官が公印を押した。


「以上をもって、手続きは完了いたしました」


 それだけだった。簡潔だった。でもそれで十分だ。手続きとはそういうものだ。


 二年間の記録から始まったものが、今日完了した。最初に観察日誌を書き始めた夜、ソーリーに「本物だ」と言われた日、公式意見書を受け取った日、父が申請書を持って侯爵家に行った日——それら全部が積み重なって、今日の署名になった。


 会場を出て、馬車に戻った。父が「終わった」と言った。短い言葉だったが、その中に確認がある。


「ありがとうございます、父様」エルナは言った。


「お前が動いたから、私も動けた。礼を言うならそういうことだ」


「それでも。父が行ってくださったから、手続きが進みました」


 父が少し黙った。馬車が走る音がした。窓の外に街並みが流れていく。秋の光の中で、木の葉が橙になっていた。公園の大きな樹が見えた。葉が半分落ちていた。もうすぐ冬になる。


「これで良かったか」父が言った。聞き方が少し違った。確認ではなく、問いだった。「お前が二年間やってきたことが、今日終わった。これが——お前の望んでいたものだったか、ということだ」


「はい」エルナは答えた。「これで良かったです。後悔はありません」


「後悔、か」父が繰り返した。少し間を置いた。「父も、後悔はない。お前の記録を見たとき、動くべきだと思った。それが正しかった」


「父様が動いてくださったから、手続きが成立しました」


「お前が二年間、一人でやってきたから、父が動けた。それが正しい順序だ」


「そうか」父が頷いた。「——辺境のことは、寂しくないとは言わないぞ。でも、正しいことをしたと思っている。それだけだ」


「はい」


 エルナは窓の外を見た。清々しい——という言葉が、今の自分に一番近かった。涙は出なかった。感情的な達成感でもなかった。ただ、終わった。正しい順序で進んで、正しく終わった。それだけだ。それ以上でも、以下でもない。辺境がある。次の仕事がある。今日が終わりではない——始まりの日だ。


 邸に帰った。自室に入った。机の上に、まだクロードからの封書がある。エルナはそれを取り上げた。今日なら読める、と思った。手続きが全部終わった。今日は読んでいい。封を切った。


 一枚の紙だった。短い手紙だった。


「エルナへ。急に手紙を送ってすまない。ただ、お前のことを気にかけていたので、一度連絡をしたかった。返事は、いつでも構わない。クロード」


 それだけだった。


 エルナはその手紙を読んだ。もう一度読んだ。「気にかけていた」——それは本当のことだろう。クロードは誠実だから、嘘を書かない。でも「気にかける」ことと「理解する」ことは、違う。五年間、気にかけてはいたが、エルナが何を考えているかを問おうとはしなかった。テレーズが「苦しい」と言えばそちらへ向かい、エルナが「大丈夫」と言えばそのまま信じた。その積み重ねが、今日の結果だ。


 クロードは悪い人ではない。それは今も変わらない。ただ、婚約者として必要だったことを、してもらえなかった。それだけだ。


 手紙を引き出しに入れた。返事を書くかどうかは、もう少し時間を置いて決める。今は、返事を書く言葉が自分にない。それが正直なところだった。後悔ではなく、ただ——今はまだ言葉がない。言葉が来たとき、書く。それだけだ。


 夕方になって、侍女が「ヴェルニエ殿下から、お話ししたいとお使いが来ております」と告げた。


「わかりました」エルナは言った。声は落ち着いていた。「応接間にご案内してください」


 立ち上がって、廊下に出た。今日の最後に、まだ一つある。それが何かは、もうわかっていた。クロードが来る。最後の対話だ。エルナはそのために、今日一日を過ごしてきたわけではない。でも来る、ということは何かがある。来るなら、来ればいい。


 今日は手続きが完了した日だ。全部が正式に終わった日だ。そういう日に、クロードが来る。それには、それなりの意味がある、のだろうと思った。エルナには止める理由がない。来るなら、会う。言うべきことがあれば言う。言う必要がなければ、言わない。今日の自分には、それだけのことが、できる。

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