表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
仮病だと知っていましたよ、殿下。あなたを愛していた頃から。今は愛していないので、失礼します  作者: ヲワ・おわり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
35/70

第35話 泣きつく

本作は70話完結予定です。毎日5話ずつ更新します。本話は21:00投稿分です。面白ければ評価をいただけると励みになります。

 テレーズが侯爵夫人の部屋を訪ねたのは、その日の夕方だった。


 クロードが「ダルトン邸に行く」と言って出かけていった後、テレーズはずっと部屋にいた。窓の外を見ていた。テーブルの上のお茶が冷めても、飲まなかった。指先で膝の上の布地を少しずつ動かしながら、ずっと考えていた。


 クロードがエルナに会いに行った。何を聞くつもりなのか、テレーズにはわかっていた。「何があったのか」を聞きに行った。婚約解消の申請が来て、クロードがそれを受け取って、確認しに行った。正直で誠実だからこそ、クロードは直接確認しに行く。それがこの人の性格だとテレーズは知っていた。


 エルナが何を答えるか——それが怖かった。エルナは正直な人だ。正直だから——もしかしたら、全部話してしまうかもしれない。「テレーズの体調について、薬師として疑問を持っていた」と言ってしまうかもしれない。「ギルドの意見書がある」と言ってしまうかもしれない。


「(いいえ、そんなことはしない)」


 テレーズは自分に言い聞かせた。エルナは手続きの中にいる。正式な場で言うべきことを、クロードとの私的な話で言うような人間ではない。そういう人間だということは、テレーズもわかっていた。わかっていたから、この二年間うまく動けてきた。でも——わかっていても、怖かった。


 クロードが帰ってくる前に、動かなければならない。何かをしなければならない。テレーズにできることは限られている。直接手続きを止める方法はない。でも——侯爵夫人なら、調査を命じることができる。調査が入れば、少なくとも時間を稼げる。そう考えた。


 侍女に「侯爵夫人様のお部屋に参りたい」と伝えた。すぐに案内された。夫人の部屋は豪奢だった。重いカーテン、広いソファ、壁際の書棚。夕方の光が窓から差し込んで、部屋を橙色に染めていた。夫人がソファに座っていた。テレーズを見て、「どうしたの」と言った。


 テレーズは少し息を吸った。


 目に涙を作るのは、難しくない。感情を引き出せばいい。今、テレーズの中には本物の不安がある。それを使えばいい。不安を引き出して、目に水分を呼ぶ。それだけだ。演技ではない——正確には、本物の感情を制御して、使っている。それがテレーズのやり方だった。


「……実は」テレーズが言った。声を少し震わせた。「エルナさんのことで、怖いことがあって」


「エルナさんが?」夫人が少し前のめりになった。


「薬師ギルドで、私のことを——何か調べているらしいと聞いて。私が、ちゃんと体調が悪いのかどうか、疑っているって」テレーズが目を伏せた。「怖くて……。私、本当に体が弱くて、いつも辛い思いをしてきたのに。それを——陥れようとしているなんて。信じたくないけれど、ギルドが動いているという話を耳にして」


「それは本当なの?」夫人が顔を引き締めた。声に力が入った。


「わかりません。でも——怖くて」テレーズが涙を落とした。本物の涙だ。不安から来た涙だ。「私は何もしていないのに。クロード様のそばにいさせてほしいというだけで——それが、罰になるの? 体が弱いことが、罰になるの?」


「テレーズ」夫人が立ち上がって、テレーズのそばに来た。「泣かないで。私が調べます。ギルドが何をしているのか、きちんと確認する」


「……でも、止められますか?」


「止められなくても、事実を確認できる。正当な手続きを踏んでいるかどうか、確認できる。何かおかしなことがあれば、こちらも手を打てる」


 夫人の目が、ダルトン家への怒りで少し光った。テレーズはそれを見た。夫人は息子を守ろうとしている。だからテレーズを守ってくれている。間接的な関係だが——今はそれで十分だ。


 テレーズは夫人の手を握った。暖かい手だった。利用しているとは思っているが——夫人のことは、好きだった。守ってくれようとしている。その気持ちは本物だ。それは、テレーズにも伝わっていた。


「ありがとう。怖かったの。一人では——」


「一人じゃないわ」夫人が言った。「うちの家の問題でもある。きちんと動く」


 部屋に戻って、テレーズは窓の外を見た。夕暮れが深くなっていた。


 夫人が「調査する」と言った。でもその調査で何かが止まるかどうかは、テレーズにはわからなかった。エルナが正当な手続きを踏んでいるとしたら——止める方法が、テレーズには思いつかない。調査をしても、手続きが正当だという結論が出るだけかもしれない。


 でも今は、これしかできない。できることをした。それで十分だと、自分に言い聞かせた。


 クロードはまだ帰ってこない。エルナと、今頃話している。何を話しているのか——テレーズは、少し怖いと思いながら、その想像を止めることができなかった。エルナが何を言うか。クロードが何を聞くか。二人の間で、今何かが決まっているかもしれない。


 窓の外の夕暮れが、どんどん暗くなっていく。橙だった空が、青紫になっていく。クロードが帰ってくる足音を、テレーズは静かに待っていた。帰ってきたら、顔を見ればわかる。クロードは感情を隠すのが上手くない。何があったかは、表情に出る。テレーズはそれを、長い時間をかけて学んだ。よく知っていた。今のテレーズに残された、数少ない武器の一つだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ