第34話 存じません
本作は70話完結予定です。毎日5話ずつ更新します。本話は18:00投稿分です。面白ければ評価をいただけると励みになります。
「テレーズのことが——原因か?」
クロードがようやく言葉を続けた。声が少し変わっていた。問うような声ではなく、確認しようとする声だった。言いかけて止まったのは、問いの答えが怖かったからかもしれない。でも言った。言わずにはいられなかった——そういう声だった。
エルナはその問いを受け取った。
テレーズのことが原因か——その問いに、正確に答えるとすれば、複雑になる。テレーズが「原因」かどうか——そうとも言えるし、そう言い切れるものでもない。テレーズが病気を偽っていたことがわかったことが、引き金の一つだったかもしれない。でも「原因」という言葉が指すものが何かは、クロードとエルナで違う可能性がある。クロードが聞きたい「原因」は、おそらく「テレーズを嫉妬した」という答えだ。でもそれは、正確ではない。嫉妬を感じたことはなかったわけではないが、今の手続きはそういう感情から来たものではない。
「存じません」エルナは静かに答えた。
嘘ではなかった。何が「原因」かを、エルナは定義していない。手続きの理由は、観察記録が示す事実と、その事実に基づいたエルナ自身の判断だ。その判断に至った過程を「テレーズが原因」と呼ぶかどうかは、別の問いだ。少なくとも今日、ここで「そうです」と言う理由がエルナにはない。
「存じません——とはどういうことだ」クロードが少し声を上げた。「原因があるはずだ。五年間の婚約が、突然終わろうとしているんだぞ。テレーズが原因なら、誤解がある。テレーズはそんなことをするような——」
「突然ではありません」エルナは言った。声は静かだった。「私にとっては、突然ではありません」
クロードが止まった。
「……どういうことだ」
「申し上げたことが全てです」エルナは言った。「手続きは父が進めております。その内容については、正式な書類をご覧いただければ。今日のここでは——それ以上は」
また沈黙が来た。長かった。クロードが何かを整理しようとしているのが、表情からわかった。でもエルナは待った。急ぐ必要はない。クロードが何を言っても、手続きは明日完了する。今日のこの場で変わることは、何もない。
エルナは立ち上がった。
「本日はここまでにしてください」
クロードが顔を上げた。エルナが立ち上がったことで、この対話が終わりに向かっていることを理解したのだと思う。でも立ち上がろうとはしなかった。まだここにいる、という意思表示だった。
「手続きは父が進めております。明日、完了の予定です。その後、正式な連絡がダルトン家よりあるかと思います。今日は——ここまでです」
「待ってくれ」クロードが立ち上がった。「まだ話が——テレーズが原因じゃないとすれば、何が? お前が困っていたなら、言ってくれれば良かった。何でも聞いた。一緒に考えた」
「存じません」エルナはもう一度言った。今度は少し違う意味で。「何が原因かは、存じません。ただ、手続きは正当に進んでいます。それだけです」
「殿下」エルナは静かに、でもはっきりと言った。「今日の話は、ここで十分です。これ以上、私にお話しできることはありません」
クロードが止まった。立ったまま、エルナを見た。エルナはその目を正面から受け止めた。揺れない。揺れる理由がない。クロードの目の中に、困惑と、焦りと——何か別のものが見えた。それが何かは、正確にはわからなかった。でも、今日ここでその「何か別のもの」に応じる必要は、エルナにはなかった。
廊下を歩いた。玄関まで来た。侍女が外套を持ってきた。クロードが外套を着た。何も言わなかった。エルナも言わなかった。扉が開いた。馬車がある。クロードが馬車に乗り込んだ。一度だけ、乗り込む前にエルナを振り返った。でも言葉はなかった。扉が閉まった。馬車が動いた。蹄の音が石畳を叩いて、遠ざかった。
エルナは玄関の扉を静かに閉めた。廊下に残って、少しの間、そこに立っていた。
終わった——という感覚があった。クロードとの今日の対話は、終わった。感情的な疲弊はない。揺れた部分がなかったから、消耗もない。ただ静かに、「これでよかった」という確認があった。言うべきことを言った。言わなくていいことは言わなかった。
クロードは「テレーズが原因か」と聞いた。エルナは「存じません」と答えた。それは嘘ではなかった。でもその答えがクロードにとって何を意味するか——クロードはこれから、ずっと考えるかもしれない。「存じません」が何を意味するのかを、考え続けるかもしれない。エルナはそれを止める方法を持っていない。持つ必要もない。
自室に戻った。机の上の封書が目に入った。クロードからの手紙だ。エルナはそれを手に取った。裏返して、また表に戻した。「エルナへ」という文字が、蝋燭の光の中で見えた。少し考えて、また置いた。明日、手続きが完了する。その後で、読むかどうか決める。それでいい。今夜は読まない。
帳面を開いて「クロード殿下来訪。対話を終えた。明日が手続きの完了日」と書いて、閉じた。蝋燭の灯りが揺れた。外が静かだった。今夜は静かだ。明日になれば、全てが正式に終わる。その後から、新しいことが、始まる。ずっと遠く、先の辺境が、待っている。




