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仮病だと知っていましたよ、殿下。あなたを愛していた頃から。今は愛していないので、失礼します  作者: ヲワ・おわり


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33/70

第33話 言える時間

本作は70話完結予定です。毎日5話ずつ更新します。本話は13:00投稿分です。面白ければ評価をいただけると励みになります。

 クロードがようやく口を開いた。


「正直に教えてくれ」クロードが言った。「なぜ急に、こういうことになったのか。何があったのか。僕は何も知らないままで、申請書を受け取った。五年間の婚約が——こういう形で終わるとは、思っていなかった」


 エルナはその言葉を聞いた。「何も知らないまま」——それは本当のことだ。クロードは知らなかった。テレーズのことも、エルナが二年間観察してきたことも、観察日誌のことも、公式意見書のことも。知らなかった。正確に言えば——知ろうとしなかった。エルナのことを「知っている」と思っていたから、改めて知ろうとしなかった。いつもそこにいる婚約者として、疑問を持たなかった。


「あなたに説明する義務は、もうございません」エルナは静かに言った。


 クロードが止まった。


 応接間が静かになった。外から鳥の声がした。テーブルの上のお茶から、湯気が細く立ち上っている。エルナはクロードを見ていた。クロードもエルナを見ていた。でも二人の間にある距離は、今日の部屋の幅より、ずっと広かった。五年間で積み重なった距離が、今日この部屋に全部押し込まれている——そんな感覚だった。


 義務——という言葉を使ったのは、感情を排したかったからではない。事実を正確に伝えたかったからだ。責任、権利、義務。それらは感情ではなく事実の言葉だ。エルナは今日、感情の言葉を使わない。感情で話すべき場でないことが、わかっているから。


「……義務?」クロードが繰り返した。声に戸惑いがあった。「そんな言葉を使わなくていいだろう。二人の話だ」


「正確に申し上げています」エルナは続けた。「手続きが完了すれば、私たちは婚約者ではなくなります。その後で、説明を求める権利も、私に義務もございません。今この段階でも、正式な手続きの中にあるため、個別に説明する場ではないと考えています」


「そんな——」クロードが少し声を上げた。「事務的な話じゃない。五年間一緒にいたのに、理由も聞けないのか」


「聞くことはできます」エルナは言った。声は穏やかだった。怒ってもいないし、責めてもいない。「でも私が答える義務があるかどうかは、別の話です」


 クロードが黙った。


 エルナはその沈黙を待った。押しつけるように、クロードに考える時間を与えた——というより、エルナには言葉を急ぐ理由がなかった。言いたいことは言った。あとはクロードが受け取るか、受け取らないかだ。


「エルナ」クロードが言った。今度は声が落ち着いていた。少し諦めたような、でも諦めきれないような声だった。「何かあったなら、言ってくれれば良かった。何でも聞いた。お前が困っていることがあれば、一緒に考えたかった」


 エルナはその言葉を受け取った。クロードは本気でそう思っているだろう。今この瞬間、本心から言っている。それはわかる。クロードは嘘をつく人ではない。誠実だから、今こうして来た。誠実だから、本気でそう言っている。


 ただ——誠実さの向き先が、ずっとずっと、エルナではなかった。それは責めることではない。でも事実だ。五年間の事実だ。エルナはそれを、ずっと、静かに知っていた。


「言える時間は、十分にあったかと思います」


 そう言った。


 短い言葉だった。でもその言葉の中に、五年間があった。何度、クロードに話しかけようとして、やめたことがあるか。クロードがテレーズのそばにいる時間が増えるにつれて、エルナが言葉を選び始めた回数が。クロードが「テレーズの体調が」と言うたびに、エルナが「そうですか」と言った回数が。その全部が、「言える時間は十分にあった」という一文に入っていた。


 クロードが止まった。


 沈黙が長かった。エルナはその沈黙を見ていた。クロードの顔が少し変わっていく。何かが内側で動いているような——静かな、でも確実な、変化だった。「言える時間は十分にあった」——その言葉の意味が、クロードの中で少しずつ形を作っていくのが、エルナには見えた。五年間。その時間を、エルナはどのように過ごし、クロードはどのように過ごしていたか。その差が、今日この部屋の中に現れている。


「……俺は」クロードが言った。「気づかなかったのか」


「今日のことは、私にはわかりません」エルナは言った。「ただ、手続きが完了するまで、私にお話しできることは限られています。それだけです」


 クロードがもう一度エルナを見た。今日来てから、何度もエルナを見ている。でも今の目は、最初の目とは違っていた。最初は「何があったか」を確認しようとする目だった。今は——何かが怖くなった目だ。それがどういう怖さか、クロードはまだ整理できていないだろう。でも何かが、動き始めた。


「テレーズのことが——」クロードが静かに言いかけた。


 その名前を聞いた瞬間、エルナは少し静かになった。来るだろう、とは思っていた。クロードがここに来た理由の一つに、きっとその名前があると思っていた。クロードが来たからには、いつかその名前が出るだろう、と。出た。今。


 エルナはその言葉の続きを待った。急がなかった。急ぐ必要がなかった。窓の外の光が、少し傾いてきた。夕方が近い。部屋の中の影が長くなっている。クロードはまだ言葉を出さない。その沈黙の中で、何かが決まろうとしていた。

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