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仮病だと知っていましたよ、殿下。あなたを愛していた頃から。今は愛していないので、失礼します  作者: ヲワ・おわり


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第31話 受理

本作は70話完結予定です。毎日5話ずつ更新します。本話は7:00投稿分です。面白ければ評価をいただけると励みになります。

 父が帰ってきたのは、昼過ぎだった。


 エルナはギルドから戻ったばかりで、外套をまだ脱ぎきっていなかった。玄関ホールで父と鉢合わせた。父の顔を見た瞬間に、何かがわかった。顔の表情ではない。父はいつも表情をあまり変えない。でも今日は、どこか軽くなったような——そういう雰囲気が、歩き方にあった。肩の力が少し落ちている。それがわかった。


「受理された」父が言った。「婚約解消の申請が、侯爵家によって受理された。明後日の署名で、手続きの完了が確定する」


「……そうですか」


 エルナは外套を脱いで、侍女に渡した。落ち着いていた。驚きはなかった。でも、その「そうですか」の中には、二年間分の時間が入っていた。最初に観察日誌を書き始めた夜から、ソーリーに記録を見せた日から、公式意見書が発行された日から、今この瞬間まで——その全てが、たった二文字の「そうですか」に収まった。その言葉を発するまでに、どれだけのことがあったか。それを一言で受け取れる場所まで来た、ということだ。


「明後日、署名に立ち会う必要がある。お前は来なくていい。私が行く」


「はい。お願いします」


「良かったか? ——いや、そういう聞き方は変だな」父が少し口をつぐんだ。「お前が正しいことをしたと、父は思っている。それだけだ」


「ありがとうございます」


 二人で食堂に移動した。昼食を一緒に取った。温かいスープが出てきた。エルナはスープを飲みながら、まだ「そうですか」の余韻の中にいた。感情的に揺れているわけではない。ただ、二年間が急に、きちんと意味を持った形で着地した気がして——少し静かだった。


 父は食事の途中で、侯爵家での様子を話してくれた。今日は侯爵夫人は出てこなかった。書記官が応対した。書類の確認に時間がかかった——三十分ほどだった。意見書のことも確認された。「薬師ギルドの公式書類を認める」という一文が、受理の条件の中に入っていた。書記官は「通常より詳細な添付書類があった」と言いながら、丁寧に一枚ずつ確認したという。


「書記官は丁寧な人だった」父が言った。「書類の様式も問題なかった。こちらが手順を踏んでいるから、向こうも拒否できない。それだけだ」


「はい」エルナは言った。「父が正確に手続きを進めてくださったから、です」


「当然のことをしただけだ。お前が記録をきちんとつけてきたから、意見書が発行できた。ギルドがそれを評価した。お前の仕事の結果だ」


「……ありがとうございます」


「当然のことに礼を言うな」父が少し眉をひそめた。でも口の端が、少し動いた。それを見て、エルナも少し笑った。


「クロードから連絡は来ているか?」父が食事の途中で聞いた。


 エルナは少し間を置いた。


「来ております」


「そうか」父が頷いた。それ以上は聞かなかった。「返事は、手続きが終わってからでいい」


「はい」


 読んでいない、ということは言わなかった。父が「返事は手続きが終わってから」と言ったということは、父もその手紙のことを察しているのかもしれない。あるいは単純に、手続きが完了する前にクロードとのやり取りを行うことが、手順として良くないと判断したのかもしれない。どちらにしても、今それを詳しく話す必要はない。


 食事が終わって、部屋に戻った。机の上の封書が見えた。昨日から、そのままだ。


 エルナは封書を手に取った。裏返して、また表に返した。クロードの筆跡で「エルナへ」と書かれている。五年間の婚約者の字だ。丁寧な字だ。そういうところが、クロードらしかった。


 また置いた。


 まだ読まない。明後日になれば、手続きが完了する。その後で、読むかどうか決める。読む理由があるかどうかも含めて、その時に判断する。感情が揺れるのが怖いわけではない。ただ、今この封書を開ける必要が自分にはない——それが正直なところだった。


 窓の外を見た。空が高い。秋が深まってきた。辺境の秋はもっと早く冬になるとライナルトの手紙に書いてあった。出発が遅くなれば、最初の冬を辺境で迎えることになる。それでいい、とエルナは思った。むしろ、冬の患者を診ることで、辺境の医療の現状がよくわかるかもしれない。春に出発して夏を過ごすより、最初から厳しい季節に入る方が、実情を早く把握できる。


 帳面を開いた。「申請、受理。明後日の署名で完了が確定する」——書いて、ペンを置いた。これが今日だ。明後日には、また書くことがある。


 立ち上がって、昨日のリストを取り出した。補充が必要な薬草の量を確認する作業が、まだ残っていた。薬棚の前に立って、瓶を一つずつ取り出しながら確認した。ホホバの実の油が残り少ない。補充しなければならない。カレンデュラは十分ある。ラベンダーの乾燥葉も。これだけあれば、出発してから数ヶ月は困らない。


 これをやっている間、手が動いていれば、頭も整う。それがエルナの、長い時間をかけて身につけた習慣だった。明後日になれば、また次のことが動き出す。それまでは、今できる準備を続ける。それだけでいい。薬瓶を一つ置いて、また次の瓶を取り出した。外から風の音がした。秋の風だった。その風が、やがて辺境まで続いている、と思った。同じ空の下で、同じ風が、もっと遠い場所を吹いている。

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