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仮病だと知っていましたよ、殿下。あなたを愛していた頃から。今は愛していないので、失礼します  作者: ヲワ・おわり


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第27話 申請書、提出

本作は70話完結予定です。毎日5話ずつ更新します。本話は10:00投稿分です。面白ければ評価をいただけると励みになります。

 朝、父が出かける前に、一度だけ顔を合わせた。


 食堂で朝食を取っていたエルナのそばに父が来て、「行ってくる」と言った。礼服を着ていた。ダルトン伯爵家の家紋が入った外套を羽織っている。正式な場に出るときの装いだ。手には書類を入れた革のかばん。その中に、婚約解消の申請書と、薬師ギルドの公式意見書が入っている。


「はい」エルナは言った。「よろしくお願いします」


「気にするな。お前は普通に仕事をしていなさい」


 それだけ言って、父は玄関に向かった。馬車が来る音がした。扉が開いて、閉まった。蹄の音が遠ざかっていった。


 エルナは残った朝食を食べ終えて、立ち上がった。今日はギルドが休みの日だ。昨日、ソーリーから「明日は休め。気持ちが落ち着かないだろうから」と言われた。エルナは「そんなことはありません」と返したが、ソーリーは「言ってる場合じゃない。休め」と言って聞かなかった。


 だから今日は、自室で薬草の整理をすることにした。仕事のない一日を何もせずに過ごすことが、エルナにはできない。何かしていなければ、考えすぎる。それはよくわかっていた。


---


 ダルトン伯爵・アレンが侯爵家の応接室に通されたのは、午前の中頃だった。


 事前に使者を送ってある。「正式な書面を携えて参上したい」という、簡潔な申し出だった。侯爵夫人は受けた。拒否する理由がなかった——正確には、拒否すれば不自然だった。伯爵家からの正式な申し出を門前払いにするほど、侯爵家も無礼ではない。


 応接室は広かった。天井が高く、窓から中庭の噴水が見える。アレンはそれを見ながら、椅子に座って待った。表情は静かだった。今日ここでやることは、決まっている。迷う余地がない。迷う必要もない。


 侯爵夫人が入ってきた。


 礼服の上にも品格のある夫人だった。年齢は五十を過ぎているが、姿勢が良く、目に力がある。「ご足労でしたわね、ダルトン卿」と言いながら座った。


「お時間をいただきありがとうございます」アレンが言った。「用件に入ります」


 革かばんから封筒を取り出した。表に「婚約解消申請書」と記した封筒と、ギルドの公印が押された封筒を、テーブルの上に並べた。


「ダルトン家より、ヴェルニエ家に対して、婚約解消を正式に申請いたします。添付書類として、薬師ギルドが発行した公式意見書を同封しております」


 侯爵夫人の表情が、一瞬止まった。


 その一瞬を、アレンは見ていた。でも何も言わなかった。向こうの反応を待った。


「……今更?」侯爵夫人がゆっくりと言った。声に棘があった。「ダルトン家から申し出てくるとは思っていませんでしたわ。婚約は殿下のご意向もございます。このような書面を一方的に提出されても、私どもは困ります」


「正式な手続きに則っております」アレンが穏やかに言った。「婚約解消の申請権は両家にあります。手続きの要件は満たしております」


「審査には時間がかかります」夫人が言った。「正式な評議を経なければなりません。すぐに答えは出せませんわ」


「承知しております」アレンは頷いた。「手続きの期限は申請書に明記してあります。期限内にご回答をいただければ十分です」


 夫人がテーブルの上の二つの封筒を見た。書かれている文字を読んでいる。薬師ギルドの封蝋を、少し長く見ていた。


「……この意見書というのは」


「薬師ギルドが正式に発行したものです。内容についてはお読みいただければわかります。解釈はそちらにお任せします」


 アレンは立ち上がった。


「よい回答をお待ちしております。それでは」


 礼をして、部屋を出た。廊下を歩きながら、背後の扉が静かに閉まるのを感じた。終わった。言うべきことは言った。提出すべき書類は提出した。あとは向こうが判断する。手続きとはそういうものだ。


---


 自室で薬草を仕分けながら、エルナはずっと思っていた。父が今頃、侯爵家にいる。


 乾燥させたヒソップを小袋に分けながら、窓の外を見た。空は晴れている。今日は風がある。庭の木が揺れているのが見えた。父が今、どんな言葉を話しているのか、エルナには想像できなかった。父はあまり多くを話す人ではない。でも、必要なことは必ず言う。それを知っている。


 午後になって、父が帰ってきた。


「終わった」父が言った。礼服のまま、執務室の椅子に座った。


「提出できましたか」


「した。受け取られた」父が言った。「夫人の顔が面白かったよ。今更、と言っていた」


「……予想通りの反応ですね」


「ああ。でも受け取った。それが全てだ」父が少し口の端を上げた。「時間を稼ごうとしていたが、申請書に期限を書いておいたから、それ以上は言えなかったようだ」


 それだけ言って、少し黙った。それから「あとは待つだけだ」と言った。


「はい」


 エルナは自室に戻った。窓の外の空が、午後の色になっている。橙の混じった青空。薄い雲が流れていく。


 手続きが、向こうに届いた。


 それが今日の事実だ。次は、向こうが動く番だ。エルナは机に座って、帳面を開いた。「父が申請書を提出。受け取られた。次は侯爵家の回答を待つ」——書いて、閉じた。庭からヒソップの香りがした。さっき仕分けたときに手についた匂いだ。穏やかな匂いだった。

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侯爵家なのにどうして殿下なのかな❓
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