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仮病だと知っていましたよ、殿下。あなたを愛していた頃から。今は愛していないので、失礼します  作者: ヲワ・おわり


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第26話 公式意見書

本作は70話完結予定です。毎日5話ずつ更新します。本話は7:00投稿分です。面白ければ評価をいただけると励みになります。

 知らせが届いたのは、診察の合間だった。


 ソーリーが診察室の扉をノックして、「少し来なさい」と言った。


 廊下に出ると、ソーリーが一枚の封筒を持っていた。封蝋がギルドの公印で押されていた。その封蝋を見た瞬間に、エルナには何が入っているかわかった。深緑の蝋に、ギルドの天秤の紋章が刻まれている。エルナはそれを、これまで何度も書類の端で目にしてきた。でも今日は、自分に向けられた封蝋だった。


「出た」ソーリーが言った。「公式意見書よ。今日の評議で正式に署名された」


「……はい」


「受け取りなさい。これはあなたに渡すべきものだから」


 エルナは封筒を受け取った。手の中に、二年間の記録の、公式な評価がある。そう思うと、少し重く感じた。封筒そのものは軽い。でも、その中に入っているものの重さが、手の平に伝わってくるような気がした。


「開けてみなさい。内容を確認しておいた方がいい」


 廊下の端で、封を切った。中に折りたたまれた文書がある。ギルドの公印と、ソーリーの署名と、マルシェとフォルテの署名が入っている。それだけで、公式であることが伝わった。インクの色が濃く、文字が整っている。三人の署名がそれぞれの筆跡で並んでいる——それを見るだけで、評議がきちんと行われたことがわかった。


 内容を読んだ。


「薬師エルナ・ダルトンの二年間にわたる観察記録を精査した結果、記録に記された人物は、自身が申告している症状と一致する身体所見を示していないことが、複数の薬師によって確認された。記録の信頼性および観察方法の正確性について、異議なし。本所見を公式意見として記録する」


 文字を追いながら、頭の中が静かだった。感動もなく、泣きそうにもなく——ただ、正確に読んだ。これが記録だ。これが手続きの結果だ。二年間の観察が、今日、公式な文書になった。もう一度最初から読んだ。一行ずつ、丁寧に。言葉の一つ一つが正確に選ばれていることが、わかった。「一致する身体所見を示していない」——断定ではなく、観察の不一致として記している。科学的に正確な表現だ。


「……ありがとうございます」


「礼を言うべきは私じゃないわ」ソーリーが言った。「あなたが二年間、正確に記録したから、これが発行できた。記録がなければ、何も始まらなかった。正しいことをしたのは、あなたよ」


「でも、ソーリーさんが動いてくださらなければ、私の記録だけでは何もできませんでした」


「それは制度がそうなっているからよ。一人の記録では足りない——それがギルドの意見書制度の意味。あなたが一人でやれることをやって、私たちがやれることをやった。それだけ」


 エルナは文書を丁寧に折りたたんで、封筒に戻した。


「父に渡します。申請書と同時に添付する予定です」


「そうしなさい。その方が証拠の力が増す。意見書単体より、申請書とセットで提出する方が、侯爵家も無視できない」


「……はい」


「わかっているとは思うけれど、念のため言っておく」ソーリーが続けた。「この意見書は、体調が良かったという証明ではない。診察を通じて確認できる所見が、申告症状と一致しなかった、という記録だ。向こうがそこを突いてくる可能性はある」


「承知しています」エルナは言った。「手続きの中で判断してもらうことです。意見書の意味を私が決めることはできない。提出した上で、判断を待ちます」


 ソーリーが頷いた。「それでいい」


 診察室に戻ろうとしたとき、ソーリーが「エルナ」と呼んだ。


「これが全ての終わりじゃない。ここから先も、まだある。手続きが通っても、向こうがすんなり受け入れるとは限らない。心構えをしておきなさい」


「はい。わかっています」


「それから——辺境の件。考えは進んでいるか?」


「はい。婚約の件が正式に終わったら、すぐに動けます」


「そうか」ソーリーが頷いた。「ライナルト伯に、進展があれば連絡を入れておく。待たせている分、こちらも誠意を見せた方がいい」


「よろしくお願いします」


 その日の夕方、ダルトン伯爵邸に帰って、父に封筒を渡した。父は受け取って、中身を確認した。何も言わなかった。ゆっくりと、一行ずつ読んでいる。読み終わると、文書を丁寧に折りたたんで封筒に戻した。しばらく封筒を机の上に置いたまま、何かを考えるように黙っていた。エルナも黙っていた。


「……ありがとう」父が言った。エルナに言っているのか、文書に言っているのか、どちらかわからなかった。


「明日、侯爵家に行く」


「はい」


「お前は普通にしていなさい。心配しなくていい」


「……ありがとうございます」


 エルナは自室に戻った。明日、父が侯爵家に行く。自分が行くわけではない。でも——父が行く、ということが、エルナにとっては今夜の大きな出来事だった。部屋の隅から、外の風の音が微かに聞こえる。季節が少し変わってきた。庭の木の葉が揺れているのが窓越しに見えた。日が落ちて、空が藍色になっている。


 蝋燭の光の中で、帳面を開いた。「公式意見書、受け取った。父に渡した。明日、侯爵家への申請が動く」——書いて、閉じた。これが、今日だ。これで十分だ。明日のことは、明日になれば動いている。今夜できることは、もう何もない。それが、今のエルナには一番穏やかな事実だった。

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