第24話 テレーズの先手
本作は70話完結予定です。毎日5話ずつ更新します。本話は18:00投稿分です。面白ければ評価をいただけると励みになります。
クロードが呼ばれたのは、翌日の午後だった。
テレーズの侍女から「少し体調が悪くて、クロード様のお顔が見たいと申しております」という言葉が届いた。クロードは書類の仕事を中断して、テレーズの部屋に向かった。
部屋に入ると、テレーズがソファに横になっていた。顔が青白く見えた。でも目は開いていて、クロードが入ると弱々しく微笑んだ。
「来てくれたのね」
「体調はどうだ」
「少し、胸が苦しくて」テレーズが手を胸に当てた。「でも大丈夫よ。クロード様に来ていただいたら、少し楽になった気がする」
クロードは椅子を引き寄せて座った。テレーズの顔を見た。青白い顔。細い声。こういうときのテレーズは、本当に具合が悪そうに見える。医師でも薬師でもないクロードには、本当かどうかを判断する手段がなかった。
エルナが薬師としての目でここにいれば、何か見えるかもしれない——そんな考えが、一瞬頭をよぎったが、すぐに消えた。なぜエルナのことを思ったのか、自分でもわからなかった。テレーズが体調不良のとき、クロードの頭にエルナが浮かぶことは、これまでなかった。その変化を、クロードは気に留めなかった。
「少し、お話しできる?」
「もちろんだ」
「……実はね」テレーズが少し間を置いてから言った。「最近、気になっていることがあって。言うべきかどうか、ずっと迷っていたんだけど」
「何が?」
「エルナさんのことなの」テレーズが目を伏せた。「怒らないで聞いてくれる?」
「怒らない。話してくれ」
テレーズが少し息を吸った。この呼吸が——涙の前の演技だということを、クロードは知らない。これは何度も使ってきた手順だ。息を吸う、目を伏せる、声を細くする。それだけで、クロードの顔が変わる。心配の顔に変わる。
「エルナさんが最近、薬師ギルドに頻繁に通っているって聞いたの。普通のことだと思う、お仕事だから。でも——私のことを思い出して、少し怖くなってしまって」テレーズが目に涙を滲ませた。「私、クロード様のそばにいることで、エルナさんにつらい思いをさせてきたと思う。婚約者なのに、クロード様が私のそばにばかりいて。それが——もし、エルナさんがギルドで、私の体のことを何か調べているとしたら……私の体のことを悪く言っているとしたら、怖くて。ただの心配かもしれないって、わかってる。でも止められなくて」
「エルナがそんなことをするはずがない」
「そうよね。私だってそう思う。エルナさんはそんな方じゃない」テレーズが頷いた。「でも、こんなに心配してしまうのは、きっと私の体が弱いせいで、精神的にも不安定になっているのかもしれない。クロード様に余計な心配をかけたくないのに——」
「余計な心配じゃない」クロードが言った。「気にしているなら話してくれ。その方がいい」
「……ありがとう」テレーズが少し微笑んだ。「一つだけ、お願いできる? 私のことは言わないでいいから、一度エルナさんに会いに行ってほしい。何か困っていることはないか、話を聞いてあげてほしい。それだけで——安心できる気がする」
クロードは頷いた。「わかった。一度、エルナに会いに行く」
「ありがとう。クロード様がいてくれると、本当に安心する。クロード様は優しい。昔から、ずっと優しい」
テレーズが静かに目を閉じた。クロードは「ゆっくり休め」と言って、立ち上がった。
部屋に残ったテレーズは、クロードの足音が廊下を遠ざかるのを聞きながら、目の涙をそっと拭いた。
うまくいった。
クロードは動く。エルナに会いに行く。「私のことは言わないで」という条件を付けたことで、クロードはエルナに直接聞けなくなる。「テレーズに頼まれたのか」と聞かれたら、言わないと約束したから言えない。その制約を、クロードは律儀に守る。そういう人だ。
でも、実際にエルナが何をしているかはわからない。クロードがエルナに「困っていることはあるか」と聞いても、エルナが正直に答えるとは限らない。あるいは——正直に答えるかもしれない。それが怖かった。
でも、今はこれで十分だ。少なくとも、何もしないよりはいい。エルナが何かをしているなら、クロードが近づくことで、エルナが警戒するかもしれない。警戒すれば、手を止めるかもしれない。それでいい。
クロードは部屋を出た。廊下を歩きながら、エルナのことを考えた。テレーズの心配は、おそらく取り越し苦労だろう。エルナはそういうことをする人間ではない。でも、テレーズが不安なら確認する必要がある。
「私のことは言わないでいいから」——テレーズのその言葉が、頭に残った。言わないでいい、ということは、言わない方がいいということだ。だから、テレーズのことは一切出さない。ただ自然に会いに行く。「調子はどうか」「何か困っていることはあるか」——そういう言葉で聞く。それだけでいい。
クロードは、そのとき、自分が一番大事なことを見落としていることに、気づいていなかった。エルナのことを「そういうことをする人間ではない」と信じていた。その信頼は正しかった。しかしその信頼が、何かを見えなくさせていた。エルナが何をしているかを、クロードはまだ知らなかった。知ろうとしていなかった。




