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仮病だと知っていましたよ、殿下。あなたを愛していた頃から。今は愛していないので、失礼します  作者: ヲワ・おわり


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22/24

第22話 担保します

本作は70話完結予定です。毎日5話ずつ更新します。本話は10:00投稿分です。面白ければ評価をいただけると励みになります。

 別室からソーリーの執務室に移動した。


 廊下を歩きながら、エルナは自分の心拍を確認した。速くなっていない。落ち着いている。今日ここに来るまでに、さんざん考えてきた。これが正しい手続きだと確認してきた。今更、緊張する理由がない——そう思っていたが、念のために確認した。心拍は、普段と変わらなかった。医者は自分の体を一番最後に診るというが、薬師も同じかもしれない。でも今日は、確認する必要があった。


 執務室には、さらに二人の薬師がいた。どちらもエルナより年上で、ギルドで長く働いているマルシェとフォルテだ。二人とも、エルナとは顔見知りだが、今日は仕事の顔をしていた。感情を表に出さない、評価者の顔だ。


「座りなさい」ソーリーが言った。


 エルナは椅子に座った。三人の薬師が向かいに座っている。ソーリーが真ん中で、両側にマルシェとフォルテがいる。机の上には、エルナの観察日誌のコピーが置かれていた。何か所かに付箋が挟まっている。付箋の数を数えた。十二か所。かなり細かく読んでくれたのだと、エルナは思った。


「結果を伝える」ソーリーが言った。「全員が独立して評価した。その後で、見解を突き合わせた」


「はい」


「三名の見解は一致した」


 マルシェが静かに言った。「この記録が正確であるならば——記録の中の人物は、申告している疾患の典型的な症状を持っていない。脈拍の記録、呼吸の観察所見、発汗の記録、動作の特徴——これらはいずれも、重篤な心臓疾患や呼吸器疾患の所見と一致しない。むしろ健康な成人の所見に近い」


「記録の一貫性も確認した」フォルテが続けた。「二年間の観察の中で、記録の方法が統一されている。慎重な表現から確信への変化の過程が、適切な科学的態度を示している。記録者が意図的に歪めたとは判断しがたい」


 エルナは二人の言葉を聞きながら、何も言わなかった。驚きはなかった。二年間の観察が正確だという確信が、自分の中にあった。その確信が、今、二人の薬師によって外側から確認された。そういう感覚だった。「やっぱりそうだった」という快感でもなく、「間違えていなかった」という安堵でもなく——ただ、「正しかった」という静かな確認だった。


「ただし」ソーリーが言った。「この判断は、記録が正確であるという前提に基づいている。記録を行ったのはエルナ、あなた一人だ。複数の薬師が直接確認したわけではない。だから——あなた自身が、この記録の正確性を担保する必要がある。薬師として、自分の観察を正確だと言えるか」


 間があった。


 二年間の記録が、頭の中に浮かんだ。最初の慎重な一行。五回目の「偶然の域か」という疑問。三十二回目の「パターンとして記録する」という転換。診察の申し出を断られるたびに、それも記録した。断られた事実と、断られた日の状況と、その後の経過を。推測と事実を混同しなかった。感情で歪めなかった。観察できたことだけを、正直に書いた。その全ての記録が、今、自分の背中にある。二年間分の重みだ。


「担保します」


 迷いはなかった。一瞬も考えなかった。二年間が、その言葉の中に入っていた。


「では、公式意見書の申請に進みます」ソーリーが言った。「エルナ、これで一つ目が動く。本当に、いいのか?」


「はい」エルナは真っ直ぐに答えた。「これは、正しいことです。公式の手続きを通じて、正しいことを記録に残す。それ以外のことをするつもりはありません」


 ソーリーがエルナを少しの間見た。それからマルシェとフォルテに目を向けた。「ありがとう。あとは私が担当する」


 二人が頷いて、書類をまとめて立ち上がった。扉が閉まると、部屋にはエルナとソーリーだけが残った。


「よくやった」ソーリーが言った。少しの間を置いてから、続けた。「二年間、一人でやってきた記録が、今日評価された。それは事実よ。薬師として、正しいことをした」


「……ありがとうございます」


「意見書の発行には少し時間がかかる。一週間は見てほしい。その間に、父上には連絡しておきなさい。準備を始められるよう」


「わかりました。今日帰ったらすぐに伝えます」


 立ち上がって一礼した。扉に向かいかけて、止まった。振り返って言った。


「ソーリーさん。あの記録を見せに来たとき、本物だと言っていただきました」


「ええ」


「あの言葉が、ここまで来られた理由の一つです」


 ソーリーが少し眉を動かした。それから「そうか」と言った。いつものように、余計なものが何もない「そうか」だった。


 執務室を出て、廊下を歩いた。ギルドの夕方の音が、いつも通りに聞こえた。シゲルが受付で書類を整理している音。誰かが薬棚を確認する音。外から馬の蹄の音。全部いつもと同じだ。でも今日の廊下は、少しだけ違って見えた。


 一つ目の扉が、開いた。


 あとは、父に連絡する。父が動く。婚約解消の申請が出る。正式に受理される。その後、辺境に向かう。


 順番がある。その順番が、今日また一歩、進んだ。


 その夜、王都の別の場所で、テレーズが侍女に言った。「最近エルナさんが、ギルドに頻繁に通っているそうね」と。侍女が「そのようですね」と返した。テレーズは少しの間黙って、それから「そう」とだけ言った。

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