第14話 手順の設計
本作は70話完結予定です。毎日5話ずつ更新します。本話は18:00投稿分です。面白ければ評価をいただけると励みになります。
ソーリーとの話が終わって、エルナは翌朝からすぐに考え始めた。
ギルドの朝は早い。受付が開く前に来て、今日の患者記録を確認して、薬棚の在庫を調べる。その作業をしながら、頭の一部はずっと昨日の話を整理していた。
条件は明確だ。テレーズを別の薬師が観察して、同様の所見を得る。そのためには、テレーズが薬師の前に現れる機会が必要になる。
問題は、テレーズが診察を断るということだ。
エルナは二年間で何度も申し出た。そのたびに「いつものことだから」「大丈夫です」と断られた。他の薬師が申し出ても、おそらく同じことになる。テレーズにとって、診察を受けることは避けなければならない行為だ。診察を受ければ、所見が出る。所見が出れば、「体調不良」の真偽が明らかになる。
では——断れない状況を作ればいい。
薬師棚の整理をしながら、エルナは可能性を一つずつ考えていった。
一つ目は、公的な場での緊急対応だ。社交の場でテレーズが「体調不良」を申告した瞬間に、薬師が同席していれば、その場で診察を求める流れになる。断ることはできない。「体調が悪い」と言っておきながら、「診察は不要」と言うのは、周囲への不自然な印象を与える。テレーズがそれを避けるなら、診察を受けるしかない。逆に、もし診察を断ったとしても——「体調が悪いと言いながら診察を断った」という事実が残る。どちらに転んでも、記録として残せる。
二つ目は、事前に枠を設けることだ。社交の場に薬師として同行し、「体調管理のために待機しています」という名目で存在する。これは難しい。薬師をそういう形で社交に呼ぶのは、特定の立場の人間でなければできない。主催者の意向が必要だ。今すぐ動かせるかどうかわからない。
一つ目の方が現実的だと思った。次の社交の場で、別の薬師に同席してもらう。テレーズが体調不良を申告する場面は必ず来る。その場で申し出る。
「エルナ、今日は患者が多そうよ」
シゲルが薬棚の向こうから声をかけてきた。
「そうですね。気温が下がってきたから、体調を崩している方が多いと思います」
「だな。昨日も季節の変わり目の症状で三人来たから」
短い会話をして、エルナは午前の診察に入った。今日は倦怠感が二件、咳が一件、子供の湿疹が一件。一人ひとりと丁寧に向き合いながら、頭の一部は次の手順を考え続けていた。
昼の休憩に、エルナはソーリーの執務室に再び足を向けた。一度で全部の話をするつもりだった。
「昨日の続きで、少し確認させてください」
「どうぞ」ソーリーが書類から顔を上げた。
「テレーズという人物を別の薬師が観察する場合、その薬師はどのような立場で観察することになりますか。『観察した』と記録に残るためには、何が必要でしょうか」
「きちんとした医療的接触が必要よ」ソーリーが少し考えてから言った。「雑談の中で見た、というのでは記録にならない。脈を取る、呼吸を確認する、主訴を聞く——そういった実際の診察行為があって初めて、所見として記録できる」
「では、社交の場でテレーズが体調不良を訴えた際に、薬師が同席していてその場で診察を申し出るという形であれば?」
「それで十分よ。『その場で診察を申し出て、本人が同意して行われた診察』であれば、正式な記録になる」
「テレーズが断った場合は?」
「断れば、『診察を断った』という事実が記録される。それもまた一つの所見になりうる」
エルナは頷いた。「わかりました。次の社交の場で試みます」
「テレーズという人物は、診察を断るのね」ソーリーが言った。確認のような、問いのような言い方だった。
「二年間で、一度も診察を受け入れたことはありません。私が申し出るたびに、『大丈夫です』『いつものことだから』と断られています」
「そうか」ソーリーが少し間を置いた。「なら——断るだけで、すでに何かを示している」
その言葉を聞いて、エルナは少し意外な気がした。診察を断るという事実が、それ自体で意味を持つ。薬師としての観察眼なら、それはわかっていた。でも他の誰かがそう言うのを聞くのは、初めてだった。
「体調が悪いと主張する人間が、診察を一貫して断り続けるというのは——医療記録の観点では、特異な行動よ。そのこと自体も、所見の一部として書き残しておきなさい。私は昨日の帳面にも、その傾向を読んだけれど」
「辺境伯からの派遣の件は、どうするつもり?」
ソーリーが話を変えた。
エルナは少しの間、考えた。この件は昨日の話題には出なかった。「——まだ、判断がついていません」
「そうね。急いで決める必要はないわ。ただ、タイミングはある。頭の片隅に置いておきなさい」
「はい。頭に入れておきます」
エルナは執務室を出た。廊下を歩きながら、今日だけで手順が二つ具体化したことを確認した。別の薬師が観察する形が見えた。そして「断るだけで十分な所見になる」という根拠も得た。
次の社交の場がいつかを確認する。それが今日の次の一手だった。ヴェルニエ侯爵邸のお茶会は来週だ。その前に、もう一度シゲルか、他のギルドの薬師に同席を頼む必要がある。理由をどう説明するか——それも、今夜じっくり考えておくべきことだ。




