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仮病だと知っていましたよ、殿下。あなたを愛していた頃から。今は愛していないので、失礼します  作者: ヲワ・おわり


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第13話 ギルド長の評価

本作は70話完結予定です。毎日5話ずつ更新します。本話は13:00投稿分です。面白ければ評価をいただけると励みになります。

 夕方五時を過ぎてから、エルナはソーリーの執務室を訪ねた。


 最後の患者を送り出して、診察室を片付けて、それからゆっくりと三冊の帳面を袋に入れた。今日持ってきて正解だった。この記録を見せる必要がある。階段を上がりながら、何を話すか頭の中で整理した。感情を入れずに、事実だけを伝える。それだけを守ればいい。


 扉を二回ノックすると「どうぞ」という声がした。


 入ると、ソーリーが書類仕事の手を止めてこちらを向いた。窓から夕方の光が差し込んでいる。書類の山とサンプルの瓶が並ぶ執務室は、いつもと変わらない。蝋燭の火がまだ灯っていて、壁沿いの棚が橙色に浮かび上がっている。


「座りなさい。時間はある」


「ありがとうございます」


 エルナは椅子に座って、袋から三冊の帳面を取り出した。机の上に並べた。一冊目が一番擦り切れている。二年間で何度も開いてきた証拠だ。


「……それは?」


「二年間の観察記録です。私の婚約者の、幼馴染の方について書いたものです」


 ソーリーが帳面を見た。一冊ずつ手に取って、背表紙を確認した。「量があるのね」


「二年分です。最初からお話しします」


 エルナは話した。感情を入れずに、事実だけを伝えることを意識した。テレーズという人物がいる。クロードの幼馴染で、体調が悪いことが多い。自分は薬師として、観察を続けてきた。記録を通じて、一つのパターンが見えてきた。


「クロード様との予定がある日に、ほぼ必ず体調不良の申告がある。それ以外の場では頻度が明らかに低い。二年間で六十回以上、同じパターンが確認されています」


 ソーリーが帳面を開き始めた。一冊目の最初のページから。丁寧に、ゆっくりと読んでいる。エルナは黙って待った。


 しばらく時間が経った。ソーリーはページを次々とめくっていった。時折、一つの記録で止まって読み返す。エルナは何も言わなかった。ソーリーが集中しているのがわかった。邪魔をするべきではない。


 窓の外の光が少しずつ暗くなっていった。夕暮れが夜に変わり始めていた。蝋燭の光が相対的に明るくなった。エルナは手を膝の上で組んで、静かに待ち続けた。


 二冊目に移った。三冊目の途中まで読んだところで、ソーリーが帳面を閉じた。


 目がエルナに向いた。


「……これは、本物だ」


 エルナは何も言わなかった。


「記録の方法が正確で、継続性があり、観察者の主観による歪みが最小限に抑えられている。医師でも薬師でも、こういう記録を二年間続けるのは、なかなかできないことよ。特に——」ソーリーが三冊目を手に取った。「中盤の記録を見ると、最初は慎重に書いていたのが、少しずつ確信の度合いが変わっていっている。その変化も記録として残っている。これが信頼できる証拠のあり方よ」


「……ありがとうございます」


「で——これをどうするつもり?」


 ソーリーの目が、じっとエルナを見ていた。


 エルナは少し間を置いた。「婚約の状況を正式に評価するために、使えるかどうか知りたいと思っています。一人の薬師の記録では公的証拠にならないと理解しています。ギルドとして、何か関与できる形があるかどうか、伺いたかった」


「そうね」ソーリーが帳面を一つ取り上げた。「ギルドには公式意見書の発行権限がある。複数の薬師が独立して同じ所見に達した場合、それをギルドの正式な見解として文書化できる」


「つまり……もう一人の薬師が確認すれば?」


「そういうことになる。私が今日この記録を読んだ。記録の信頼性は確認した。あとは、実際のテレーズという人物を別の薬師が観察して、同様の所見を得ること——それが必要ね。その上で私が評価文書を書けば、ギルドの正式な所見として機能する」


「手順が見えました。ありがとうございます」


 エルナは頷いた。実務的な問いを立てて、実務的な答えを得た。それで十分だった。感情で動く場面ではない。


「エルナ」ソーリーが少し声のトーンを変えた。「婚約者のことは、どうなの。あなた自身は」


「……愛情がなくなりました。昨日、確認しました」


 ソーリーが少しの間、エルナを見た。「そうか」と言った。その「そうか」に、余計なものが何もなかった。問い返しも、慰めも、批判も、何も含まれていなかった。ただ聞いた、それだけの言葉だった。


「記録は預かってもいい。必要なら私が正式な評価文書を書く。時間をかけて進めなさい」


「はい。ありがとうございます、ソーリーさん」


 立ち上がって一礼した。袋を持って扉に向かいながら、エルナは少しだけ肩の力が抜けた気がした。二年間、一人で抱えてきたものが、今日初めて別の誰かに渡った。渡したことで何かが解決したわけではない。でも——一人ではなくなった。その事実が、今のエルナには必要だった。


 廊下に出ると、ギルドの中はもう静かになっていた。午後の診察は終わり、受付と廊下の端の灯りだけが残っている。エルナは袋を肩に掛けて、ゆっくりと階段を下りた。


 次にすべきことはある。テレーズを別の薬師が実際に観察できる機会を作ること。その機会をどう設けるか——それを考えるのは、今夜からでいい。今日のところは、ここまでで十分だ。一歩進んだ。確かな一歩だった。それが今日の事実だった。

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