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仮病だと知っていましたよ、殿下。あなたを愛していた頃から。今は愛していないので、失礼します  作者: ヲワ・おわり


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第12話 記録の評価

本作は70話完結予定です。毎日5話ずつ更新します。本話は10:00投稿分です。面白ければ評価をいただけると励みになります。

 薬師ギルドに着いたのは、午前の診察が始まる少し前だった。


 今日は普段より早く来た。ソーリーに話したいことがある。先に顔を見て、時間を取ってもらえるか確認したかった。


 受付に挨拶をして、診察室の準備を始める。薬棚の在庫を確認し、今日の患者記録を確認していると、シゲルが「早いな」と声をかけてきた。


「用事があって少し早めに来ました」


「用事? ソーリーに?」


「……話したいことがあって。今日、時間があるか確認しに」


 シゲルが「そうか」と言って棚の整理を続けた。詮索しない人だから助かる。


 午前の診察が始まった。今日は軽症が多かった。腰痛が二件、季節の変わり目の倦怠感が一件、子供の発熱が一件。一人ひとりと丁寧に向き合いながら、エルナは頭の一部で今日のことを考え続けていた。


 昼の休憩時間に、処置室の隅の席に座った。帳面を開いた。観察日誌ではなく、今日の自己評価のための帳面だ。


 「この記録を、証拠として使えるか」——その問いに、自分なりに答えを出してみる。


 薬師として、医療記録の評価基準はいくつかある。まずその基準を列挙してから、一つずつ自分の記録と照合してみる。これは診察の手順と同じだ。感情で判断するのではなく、基準に沿って評価する。


 まず「正確さ」。エルナの記録は、観察できたことだけを書いてきた。「と思われる」「要確認」という留保も正直に残してある。推測と事実を混同していない。読み返してみても、その誠実さは一貫している。特に初期の記録は慎重で、「可能性がある」という表現が多い。それが積み重なって、後半では「パターンを確認した」という言い方に変わっていく。その変化も、記録の一部として残っている。——この点は、満たしていると判断できる。


 次に「継続性」。二年間、ほぼ途切れなく記録してきた。テレーズが関係する社交の場のほぼすべてに記録がある。空白期間は、エルナ自身が体調を崩した一週間と、ギルドの業務が重なって社交の場に参加できなかった期間だけだ。その空白も記録の中に理由が書いてある。量も頻度も、医学的な評価に耐えうる水準だと思う。——この点も、満たしていると判断できる。


 三番目に「客観性」。これが難しい。


 観察した事実は客観的に書いてある。脈拍、呼吸、発汗、動作の特徴——これらは観察できる事実だ。各観察を数値や状態で記録している。「安定している」「乱れていない」「正常範囲」という言葉は、薬師が使う評価語だ。主観的な印象ではなく、基準に照らした判断として記録してある。


 しかし——観察しているのはエルナ一人だ。同じ場面を別の薬師が見ていたわけではない。エルナが「正常」と判断した状態を、他の薬師が同じように判断するかどうか、確認されていない。「エルナ・ダルトンがそう判断した」という記録は、エルナ・ダルトン一人の観察に基づいている。それだけだ。


 ペンを置いた。


 薬師ギルドの規則を思い出した。正式な医療所見を発行するためには、複数の薬師による確認が原則として必要だ。一人の薬師の記録は「参考意見」に留まる。「公式意見書」として機能するためには、少なくとも二名の薬師が独立して同じ結論に達することが求められる。エルナはそれを制度として知っていた。新人薬師のときに、ソーリーから教えてもらったことだ。


 つまり——エルナ一人の記録では、「公的な証拠」にはなれない。


 動揺はなかった。「壁がある」という事実を確認しただけだ。壁があるなら、越え方を考えればいい。


 方法は二つ考えられる。


 一つは、別の薬師が今後テレーズを観察する機会を作ること。難しいが、不可能ではない。ただ、時間がかかる。社交の場で薬師が自然に同席できる状況を作るのも、容易ではない。


 もう一つは——エルナの記録を専門家の薬師が見て、「この記録は信頼できる」という評価を与えること。エルナの観察方法が正しかったかどうか、記録の方法に問題がないかどうか、それを別の薬師が確認する。後者なら、ソーリーが最も適任だ。二十年以上の経験があり、記録の評価に長けている。記録を見た上で、ギルドとして何か関与できる形があるかもしれない。


「(ソーリーに、見せる)」


 今朝と変わらない方針だ。ただ、今日の自己評価で「なぜ見せるべきか」という理由が明確になった。一人では限界があるから見せるのだ、という理由が。一人で抱えることに限界があると認めること——それも、一つの前進だ。


 昼休憩が終わる前に、ソーリーの執務室の前まで行った。扉をノックすると「どうぞ」という声が返ってきた。


「ソーリーさん、今日の診察が終わったあとに、少し時間をいただけますか。相談したいことがあります」


「あら。それは珍しいわね。何かあった?」


「少し込み入った話で。診察が終わってからでかまいません」


 ソーリーがエルナの顔をしばらく見た。「わかった。五時以降に来なさい。ちょうど手が空く予定だから」


「ありがとうございます」


 扉を閉めた。今日の午後はまだ患者が三人残っている。一人ひとりと丁寧に向き合う。五時まで、まず目の前の仕事だ。仕事をしている間は、別のことを考えなくていい。今のエルナには、それが一つの支えだった。夕方五時が来れば、また次の段階に進む。

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